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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」西端
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 もう一つの要件。

 ケティルノース討伐への参戦以外の要求があるとは予想だにしておらず、タガネは目を見開いた。

 マリアの表情は焦燥の色があった。

 ケティルノース討伐よりも深刻そうである。

 重大さを悟って、再び彼女に向き直った。

「もう一つの要件?」

 マリアは腰の剣に手を当てる。

 紺碧の瞳が細められ、その全身から殺気よりも重厚な闘志の迫力が放たれた。枯木の間を吹き抜けていた風が途絶える。

 タガネの背筋を戦慄が駆け上がった。

 体が反射的に一歩だけ飛び退る。

「アンタが参戦しない場合の話」

「…………なに?」

「雇い主は北軍だそうよね?」

「……ああ、それで?」

 マリアの銀剣が抜かれる。

 細身の剣身が曇天の下でも鈍く光っていた。

 意匠を施された美術品のごとき剣。

 ひょう、と空気を切って一振りされる。ただの風切り音だが、タガネの危機感を刺激した。

 空気は冷たく、より張り詰めていく。

 澄んでいく紺の瞳が物語っていた。

 マリアのもう一つの要件。

「一応、聞こうか」

「アンタの方針は命の安全勘定よね」

「そうさな」

「なら、答えは一つよ」

 切っ先が(きらめ)いた。

 それを網膜で認識した瞬間、すでに鼻先に尖端が(かざ)されている。ただ美しかった刃が、今では凶悪な兵器じみた剣呑さを臭わす。

 タガネは乾いた喉を唾で潤す。

「この戦場から手を引きなさい」

「…………」

「従わないなら、私の剣で連れて行く」

「脅迫かい」

「ええ」

 タガネは片手で顔を覆う。

 剣姫マリアの強引さは人の常識に収まらない。手段といえば決闘であった。たとえ相手に事情があろうと、矜持があろうと剣で解決を図る。

 爵位、財産、国を失って。

 他者を慮り、世は自身の思うままにならないことを知った。

 少しは解消されたと思っていた根本。

 結局タガネの知る頃から何も変わっていない。

 ところが。

 呆れよりも命の危機が先立つ。

 マリアの真剣味は、かつてない強さだった。

 表情には一片の諧謔(かいぎゃく)もなく、僅かな動揺もなく、後悔の余地すら無い。

 タガネは後ろを顧みる。

 南軍の統一とナハトの問題があった。

 そこだけは、たとえケティルノース討伐の是非や命の安全勘定だろうと譲歩できない。

 それに。

 タガネは両者の距離を改めて見直す。

 逃げられる間合いではなかった。

 指の間から嘆息が漏れる。

「本気かい?」

「いい加減に覚悟を決めなさい」

「……まさか、こっちが本題だったか」

「どうかしら」

 マリアは小首を傾げて笑う。

 タガネには白々しく思えた。

 同時に、もう避けられないと悟る。

「仕方ない」

 鞘ぐるみの魔剣を帯から外す。

 タガネはそれを近くの木立に立て掛けた。

「何で使わないのよ」

「尋常な剣でやりたい。それに」

「…………」

「おまえさんとは、戦いたく無いだろうしな」

 魔剣が微かに震動する。

 タガネは長剣を抜いて前に立つ。

 互いに一歩踏み込めば届く距離になった。

「決闘、何年振りだっけな」

「一年と二月よ」

「ちなみに戦績は?」

「……私の十四戦、二勝十二敗」

「あれ、負けたことあったか?」

「アンタが来なくて不戦勝になったの!」

「あー…………」

 タガネは苦笑する。

 決闘はよく王宮の庭園で行っていた。

 マリアは立会人に国王を求めており、その都度彼の監視の下で不殺を誓約した上での剣による勝負である。

 タガネが彼女に負けたことは無い。

 要するに、その二勝は約束を反故(ほご)にされた数に直結する。

 マリアにすれば大層遺憾な勝利である。

「ま、良いだろう」

「ふん」

 タガネとマリアは同時に構える。

 あの頃とは異なり、立会人が不在の今、勝敗を決めるのはお互いのみ。

 タガネにすれば。

 あの誇り高き剣姫の自信を挫くことが条件。

 無理難題に等しかった。

 対するマリアは、死ぬ寸前まで追い込んでしまえば勝ちである。タガネよりも安易であり、だからこそ雪辱を晴らすことも兼ねて果たせる方法だった。

 優劣でいえば。

 もうタガネが圧倒的に不利である。

 ちら、とタガネは周囲を流眄(りゅうべん)した。

 人の気配はない、決闘を阻害する要素の一切が排除されている。

 これも昨日から狙っていたのか。

「やれやれ」

「それじゃ、行くわよ」

「あいよ。…………来な」

 その一言を合図に。

 決闘の火蓋が切って落とされた。




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