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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」西端
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 戦の爪痕を刻んだ荒野。

 第一砦のバルコニーで三人は見下ろしている。

 マリアは身を乗り出していた。

 今かいまかと待ち構え、忙しなく瞳は荒野の中を探る。風の魔法で伝達した言葉が功を奏し、北軍は罠だと見て軍を退いた。

 つまり。

 あとはタガネが来るか否か。

「く、来るかしら……」

「心配ですか」

「よくよく考えたらね」

 眼下に広がる景色に動く影はない。

 マリアは熟知している。

 剣鬼と呼ばれて、国王にも気に入られていた男は仕事については完璧な手際ではあるが、自身で設けた期日などについては守らず、気紛れに延長する()()()があった。

 今回もタガネ次第。

 いつ会えるかを決定するかも彼の一存に限るので、声を届けた昨日から数えていつになるかも定かではない。

 むしろ。

 昨日の内容が伝わっていなければ、逃げる可能性も(いな)めない。

 そこまで考えが至ると、マリアは今更になって冷や汗を顔に滲ませていた。

 憂慮が募る待機時間。

 荒野を見回す目は落ち着かない。

 ふと。

 ミストが一つの方向を注視した。

「来た、あそこ」

 マリアは体ごとそちらに向けた。

 目を凝らすと。

 枯れ木の並ぶ場所を人影が歩んでいた。

「アイツなの?」

「魔力反応は彼の物」

「行ってくるわ!」

 バルコニーを飛び出して下へ向かう。

 砦の階段を一段飛ばしで降りて行き、即座に荒野に続く一階まで急ぐ。

 周囲の目も顧みす、門前に滑り込む。

 事前にタガネの来訪を聞き及んで待機していた者たちが扉を開ける。

 入口は揚げ戸のように鎖で吊るした一枚岩となっている。扉のそばの数人で歯車の仕掛けを作動させ、重低音とともにゆっくりと扉が揚げられた。

 扉が完全に開き、マリアは駆け出す。

 ミストと共に見定めた方角へ進むと、タガネは直ぐそこにいた。

 仏頂面でマリアを見咎(みとが)めるや。

 さらに険相になった。

「遅かったじゃない!」

「おまえさん、元気良いな」

「そうかしら」

「良いことでもあったか」

 マリア自身もきょとんとする。

 急いでは来たが、そこまで浮かれていただろうか。いや、あの剣鬼(バカ)を相手に浮足立つ理由が意味不明だ。

 (しゃく)に思って託ち顔になる。

「別に」

「ま、息災で何より」

「ふんっ」

 マリアは満足げに鼻を鳴らす。

 タガネの腰元で魔剣が微震動を起こしていた。久しいマリアの魔力に反応し、喜んでいる。

 それを見取って。

 マリアはタガネに指先を突き付ける。

「早速、話したいんだけど」

「だいたい分かるよ」

「ケティルノース討伐に参戦しなさい」

「断る」

 即答だった。

 マリアは深いため息をつく。

 世界最悪の魔獣討伐で最重要戦力として期待されているにも拘らず、タガネは一顧だにせず断った。

 その理由は聞かずとも判る。

 ヴリトラの件でも一悶着あった。

 敵の力量と生存率の高さを勘案(かんあん)すれば、なるほど戦わないことこそ最善である。人類の為という大義でも、死んでは元も子もない。

 タガネは名誉などに執着せず。

 それでいて安穏な生活こそ強く望んでいた。

 だからこそ。

 マリアにとっては予想通りの返答。

 腰に手を当てて胸を張る。

「私とフィリア、ミストは戦うわ」

「そうかい」

「ヴリトラ関連なら」

「分かってる」

「魔神教団が動くはずよ」

 タガネは呆れ笑いをこぼす。

「知っているか?」

「何をよ?」

「教団の目的」

「……そういえば、知らないわね」

 魔神教団の目的。

 謎多き組織として、また各国から危険視されている集団だが、その真意は誰にも知られていない。戦争の裏で暗躍していたり、国家間の侵略で雇われていたり、主に様々な場面の裏側に潜んでいる。

 ただ、どの行動にも一貫性が無い。

 北軍のような戦争推進派でもなく。

 かといって、ただの宗教団体とも異なる。

「俺は知ってる」

「……」

「港町でミーニャルテの中にいた『加護』を持つ信者を尋問してな」

「……あのときね」

 港町での事件。

 ミーニャルテの雷撃を受けて意識を失っていた間、タガネ一人が交戦していた。その最中に尋問が行われていたのだ。

 人を襲わないミーニャルテ。

 その牙が港町の人々を狙ったのは、魔神教団が魔獣を操る際に『魔神の加護』を有する特別な人間を捕食させたからである。

 ヴリトラ――レインもまた同様だった。

 その効果は知っていた。

「あの魔獣にも生贄がいたのね」

「中身は男だったがな」

「それで、魔神教団の目的は?それがどうして、アンタが来ない理由になるの?」

 タガネは面前で手を振る。

「復讐だとさ」

「…………誰によ」

「この世界に」

「はあ?」

 漠然とした規模に。

 マリアは思わず素っ頓狂な声を上げた。

「魔神ってのは、元は人間らしい」

「そう、なの?」

「それも、古代の魔法で異界から召喚された……別世界の人間だという」

「…………」

 マリアは呆然としていた。

 そんな話は知らない。公爵令嬢や王国騎士団副団長としての教養を身につけるために勉学に励んだ時期があったが、歴史を学ぶときにそんな事実は歴史書にも記されていなかった。


 魔神。

 約三千年前に出現した怪物。

 大陸の半面を闇で覆い、この世を破滅に追いやったとされた。それを倒したのが大魔法使いベルソート、英雄王バスグレイ、聖女ヘルベナの三英雄。

 昨今では魔獣の祖として語られる。

 その邪悪さこそ国境の(へだ)たりなく至上の悪性として人類に認識されていた。

 魔神の出現はこう語られる。

 異端の魔法使いたちが儀式で数百人の死体から作り上げたのが魔神だと。


 マリアは首を傾げた。

「魔神が異界の人間?」

「にわかに信じがたいが」

 タガネも表情を曇らせて語る。

 魔剣の柄頭に手を置いた。

「召喚された当時は『勇者』だなんて呼ばれていたらしい」

「へえ」

「戦争が絶えなかった時代でな、当時の三英雄と結託して大陸中を平定したんだとか」

「いい事じゃない」

 それでも、

 タガネの表情は険しかった。

「平和になった後、そいつは自らの力で国一つを作った。だが、その力を危ぶんだ各国が国を滅ぼして、また大陸全体で戦争だ。

 これに勇者は悲しんで、世界全体を平和にするには一つの意思で統一すること、敵を一つに絞ることとした。

 そこで三英雄に依頼し、自身を世界すら滅ぼせる怪物に仕立てたんだとさ」

「…………そんな話が?」

「あとは三英雄が斃して、各地にばら撒く。すると、胎窟が生じて魔獣が現れ、世界共通の敵が現れることで他国に対する敵意が分散された」

 滔々と語って。

 タガネは肩を竦めてみせた。

「あの王国の『勇者パーティー』ってのは、魔神の基となった人間に由来するらしい。元々、その勇者が作った国の跡地に建ったんだからな」

 皮肉げにタガネが笑った。

「魔神教団の創始者は、その勇者の国の民らしい。身を擲った勇者様のために戦ってんだとよ」

 勇者パーティー。

 マリアはその一員だった。

 精鋭部隊の名称がどうしてそうなのか。

 疑問を持つことはあったが、国王に問えば、この部隊は代々国の手練(てだ)れだけで構成され、そう呼ぶのが(なら)わしだったという。

 もし。

 魔神教団が復讐を企んでいるなら。

 合点がいくことがあった。

「ヴリトラ、デナテノルズの襲撃も……」

「王国だっただろ?」

「ケティルノースが留まった地も」

「王国だ」

「……………ま、まさか」

「そう」

 魔剣が震える。

 その反応をたしかに感じ取って、タガネは柄頭をやさしく撫でた。

「もうケティルノースの中に」

「ええ」

「魔神教団の巫女はいる」

 ようやく。

 マリアは彼がケティルノースを避ける本当の理由を理解した。





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