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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」西端
142/1102



 連合国の戦争は佳境だった。

 北軍の戦力は、中央軍への牽制を怠らない程度に南へ割かれ、また勢力図から一つ敵を排除する本格的な挙に出た。

 その要所となる。

 枯草や青さを失った木々の林立する荒野。

 風に(そよ)ぐ葉擦れは乾いており、また一つと梢から枯葉が千切れて飛ぶ。立ち並んだ石積の家の瓦礫は、人の住んでいた名残りであった。

 そんな命の気配が弱い大地に兵士が雑踏する。

 潤いのない土へ殺めた相手の生き血を吸わせる凄惨な魔境(まきょう)が生まれていた。ただ相手を滅ぼす一念しかない魔物が集う。

 そこは紛れもない戦場だった。


 周囲では剣戟の音が絶えない。

 そんな地獄の渦中で。

 誰よりも凄烈に戦う銀の剣士がいた。

 円形となって肉薄した敵の輪を潜り、高速の剣閃を見舞って仕留める。返り血を浴びながら、一瞬たりとも同じ場所に滞らず動く。

 戦場を疾駆する剣鬼の姿。

 それが誰の目にも鮮烈に映った。

「いたぞ、剣鬼だ!」

「ッ……穏健派ってのは嘘か?」

 注目を浴びる剣鬼のタガネ。

 走りながら、自身を捕捉した敵を睨む。

 二人の魔法使いが杖を構え、その先端から三条に分かれる炎を放射した。

 身をさらに低くして加速する。

 力走するタガネの一歩後ろの地面で火柱が上がった。爆風に(あお)られて、瞬間崩れた体勢を立て直す。

 容赦なく魔法の炎が投擲される。

 それらを躱しつつ。

 崩れかけた石積の家の物陰へ飛び込んだ。

「血迷ったか!」

「瓦礫もろとも燃やしてやる!」

 殺意の宣告。

 二人の魔法使いが一斉に魔法で生成した火球を投じた。迸る熱量が乾いた土をさらに焦がして、石積の壁を打ち砕く。

 破裂音を打ち鳴らして。

 瓦礫が四散し、大量の土砂が吹き上がる。

 剣鬼を討ち取ったり。

 手応えを感じた魔法使いがふっと一息吐く。

 その瞬間。

「甘い」

 爆風に巻かれて降り注ぐ土の煙雨。

 その中からタガネが飛び出した。

 油断した魔法使いの一人の懐へと滑り込み、杖を持つ手元もろとも袈裟に両断する。相手に断末魔の反撃すら許さず一撃で生命を刈り取った。

 もう一人が杖を構える。

 体を中心に、球状の半透明な壁が現れた。

 片割れを血に沈めて、もう一手と斬りかかろうとしたタガネの剣が硬い手応えとともに阻まれる。

 咄嗟の魔法結界。

 魔法使いは自身の判断に安堵する。

「だから、甘いって」

 タガネが笑みを浮かべる。

 空いた片手で、魔剣を抜き放った。

 障壁に向かって剣先を突き立てるや柄頭に手を添えて、そのまま押し込んだ。

 刃は何の抵抗感すら示さず壁を貫き、魔法使いの脳天にまで達した。剣身が微光し、防壁の魔素を吸収する。

 二人目を片付けて。

 タガネはふたたび発進する。

 そして。

 すぐに直近の木の陰から槍兵が躍り出た。

 横合いから刺突を放つ。

 槍の穂先は真っ直ぐ脇腹に向かって――。

()ッ」

 胴と槍の間に剣が割り込む。

 剣の平の上に衝突し、先端で火花を掻き立てながらその上を滑って横に()れた。

 槍使いが瞠目する。

 渾身の一突きがいなされた。

 しかし、タガネにとっては造作もないこと。

 絶え間なく敵兵との対峙を繰り返しているので、今日だけでも研ぎ澄まされたタガネの体は即応し得た。

 逸れていく槍。

 穂先はついに終端の剣先へ移動する。

 その転瞬。

 タガネは剣身を傾けて長柄の上に乗せると、槍使いの手元まで滑らせながら斬り上げる。指を切断し、胴に深々と斜線が刻まれた。

 血を噴いて槍使いが後退する。

 まだ浅い!

 タガネはもう片手の魔剣で首を刎ねた。

 過たず即死させ、首を失った槍使いは地面に仰臥(ぎょうが)する。

 慢心せず、タガネは走り出す。

 魔剣を鞘に納めて行く手を阻む敵をすれ違いざまで斬り捨てる。鬼となって疾駆した軌跡に、死体が積み重なった。

 数えるのが億劫になるほど多く斬った。

 次の敵を探るタガネ。

 その隣にジルが並んだ。

「よう、まだ生きてるか?」

「他の連中は?」

「不思議なことに一人もな」

 タガネはふっと微笑んだ。

 すると、遠くで殷々と角笛の音が轟く。

 撤退命令の一笛(いってき)だった。

 二人で音の方角を見る。

「撤退か」

「しゃーねぇって」

 タガネとジルが駆け出す。

 その後ろに剣鬼隊が続いた。

 泥や血に汚れながらも、重傷者は見受けられない。

「楽勝だぜ」

「魔法で吹っ飛んでたくせによ」

「んだと!?」

「はあ、今日も生き残った……」

 安堵や勝利を誇る声がする。

 それらを制するように。

「テメェら、あと半月で南軍を倒すぞ!」

『おおおお――――!』

 ジルが全員の闘志を束ねる。

 頭目らしい振る舞いに、タガネは感心しつつも。

「……何か寒気がするな」

 ただ一人。

 謎の悪寒に頭を悩ませている。

 それは経験から推測すると、処しがたい相手への苦手意識であり、生存本能が訴える危機感の二つが同時に発生していた。

 この戦場に、何かが来ている。

『タガネ』

「うん?」

『………何でもない』

 レインにもまた、異変があった。

 それがタガネの抱く感覚と共通しているかわからない。

 それでも、じわじわと。

 何かが(むしば)んでいる。

「これ以上の厄介は遠慮したいね」

 情けなく眉をつり下げて。

 タガネは一つ弱音を吐露した。




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