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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」北端
135/1102



 本隊は翌朝に到着した。

 正門から悠揚と進んで入る。

 タガネたちは、戸口先の広間で立っていた。

 その背後では、同様に遊撃隊も構える。

 門が開くと。

 本隊の先頭にいた指揮官と思しき細身の男の顔が驚愕する。

 使い捨てにしたはずの遊撃隊。

 それが気概に満ちた面で迎えれば、複雑で視線を合わせるのも難しくなる。瞳の奥には、自身らの底意が知られていないかという怯えの色が浮かんでいる。

 それを読み取って。

 殊更(ことさら)にジルが笑みを深めた。

 その表情に指揮官が固まる。

 それは後列の兵士たちにも伝播し、囁き合って思案しており、動揺していた。

「お、お前たちは遊撃隊か?」

「おう」

「ご苦労、大義だった」

「なら、おまえさんらも義で返して貰いたいね」

 タガネの一言に本隊が硬直した。

 声が一斉に消える。

 数人が息を呑む音さえ聞こえた。

「一応、十四名だが」

「あ、ああ……」

 指揮官が後ろへと目配せした。

 兵士たちが前に出て、槍を構え始めた。

 展開される槍衾に半円形で詰められる。

 ジルはそれを機敏に見取って肩を竦めた。

 すると。

 タガネの脇から、レインが顔を覗かせる。そのまま前に躍り出て、臆さず並ぶ穂先へと近づいて行く。

 傭兵の中から現れた女児。

 白いワンピースに裸足の姿だった。

 兵士たちが驚き、あわてて槍を退ける。

 ぺたぺた、とレインは集団の中心へ。

 一度だけタガネに振り返る。

「いいの?」

「やり過ぎるな」

「ん」

 小さくうなずくと。

 レインの体が仄かに光った。

 それに呼応したように、周囲の兵士たちの体から光の粒子が宙に発散され、中心へと渦を巻いて収束する。

 光の粉が舞う幻想的な風景に。

 傭兵たちが感嘆の声を上げる。

 ただ、対象的に兵士たちは苦しみ出し、その場にうずくまった。

 頃合いを見計らって。

 タガネが両の掌を打ち合わせた。

 乾いた音が鳴り、光たちが消える。

 それらを集中させていたレインが、ふたたび隣へ戻る。

 兵士たちの魔素を吸収した。

 行動不能になるまで搾り取ったので、彼らはこれ以上動けない。傭兵たちは安心して、全員でそれぞれ縛りあげる。

 それを見守っていると。

 ジルがまじまじとレインを見つめる。

「噂は本当だったんだな」

「本当?」

 タガネは片眉をつり上げる。

 噂とは何なのか。

 本来なら国宝じみた価値を有する魔剣をタガネが所持していること、それとも素材をヴリトラに用いていること。或いは、この戦地に逃げてきた通りのケティルノース討伐から逃避した話か。

 思索するタガネに。

 ジルは真剣な面持ちでうなずか。

「剣鬼が童女好きだとか」

「…………………………」

「あれ、違ったか?」

 斬り殺す。

 タガネの目がそう語っていた。

「じゃあ、やっぱあれか!」

「あれ?」

「剣姫と恋仲で、諸国漫遊してたとか」

「………そんな噂もあるのか」

 タガネは額に手を当てた。

 傷心のマリアを連れて旅をした折、たしかに観光地巡り、郷土料理の堪能、旅ならではの嗜みを必要以上にしている。

 剣姫の顔は知れ渡っている。

 無論、タガネもまた然り。

 その間に広まった風聞だろう。

「そんなことより」

 東軍本隊の全員を捕縛した。

 それを合図に、後方の通路から砦に務めていた北軍の兵士が顔を出す。

 遊撃隊は目の前から退いた。

 北軍の指揮官がタガネを見る。

「本当に良いのか?」

「構わんよ」

「ど、どういうことだ、これは!?」

 東軍の兵士が目を剥く。

 巾着袋を手に。

 複数の北軍の兵士が遊撃隊の一人ひとりに配っていく。手渡す瞬間、中から漏れた音は明らかに金の音だった。

「簡単な事だよ」

「雇い主変えただけさ」

「東軍よりも良い金払ってくれるんで、北軍を見逃し、到着した東軍を捕縛する」

「俺たちゃ金払いで身振りを変えるんでね」

 つまるところ。

 がんらい東軍から貰う報奨を超える額を、北軍が提供する条件で寝返った。遊撃隊の戦力なら、残る砦の残党狩りも容易である。

 敢えて彼らを見逃し、さらに東軍本隊を売り渡す。

 その働きがあれば、働きもただにはならない。

 傭兵の仕事に情はない。

 たとえ東軍にとって決死であり、窮余の一策で講じたもので、これが失着に潰えれば壊滅の危機に瀕するとしても、傭兵にとっては他人事である。

 ただ労苦に見合う(むく)い。

 損なわなけれな多少の不平も飲み込める。

 それが傭兵の風情だった。

「それじゃ、俺たちはこれにて」

 縛り上げた東軍を引き渡して。

 タガネたちは砦の外へと歩き出した。

 巾着袋を懐中に入れて、揚々とその場を後にする。背後から聞こえる東軍の怨嗟も耳に入らない。

「さて、俺は北軍の戦地を探す」

「あれ、南に行くんじゃなかったのか?」

「本来ならそうだ」

 ジルは小首を傾げた。

「なら、どうして」

「報酬の問題もあるが東軍を切り捨てた。これはすぐに連合国全体に伝わる。そうなれば、傭兵とはいえ人をたやすく裏切る連中を雇うのは少ない」

「ほう」

「なら、却って先刻は北軍のために寝返ったという(てい)にすり替えるためにも、このまま北軍で働いた方が雇ってくれやすい」

「印象操作か」

「ああ。だから、俺は次の戦地を探すが――」

 タガネは遊撃隊の面子をかえりみる。

 彼らは特段声に耳を傾けていない。

 だが、タガネが右へ足先を運べばそちらに従い、左折すれば同じ角を曲がる。意識せず、ただ漫然と指針をタガネに定めている証拠だった。

 誰も言葉にはしないが。

 代弁者のごとくジルが笑って応えた。

「まあ、ならオレらも行くよな」

「なぜ」

「んだって、剣鬼隊だし」

「解散だ」

「頭目はオレに任せんだろ?」

「げっ」

 タガネは顔をしかめた。

 昨晩、剣鬼隊のことをそんな風に(かわ)した憶えがある。屁理屈とはいえ、よもや利用されるとは思いもしなかった。

 言葉に窮して。

 結局、項垂れて頭を横に振る。

「勝手にしな。死んでも知らんぞ」

「おうよ」

「ロビー、付き合う必要は無いぞ」

 巾着袋を抱えるロビーに振り返る。

 さしもの傭兵として数回の戦闘を生き延びた悪運の強さの持ち主とはいえ、もうこれ以上の危険を冒す道理はない。

 危険と安全の損得勘定。

 タガネはそこに期待して尋ねた。

 すると。

「いえ、ついていきます!」

「うん?」

「傭兵として、学びたいので」

「……………」

 顔をげんなりとさせる。

 今度こそタガネは諦観した。

 魔剣になったレインを腰に収め、重い足取りで道を歩む。

 その先で。

 侍女服のまま立つ少年がいた。

 遊撃隊――改め、剣鬼隊が足を止める。

「何してんだ、おまえさん」

「私の任務は、まだ続いています」

「内容は?」

「秘密事項ですので」

「……ついてくるのか」

「遂行するまで」

 何の感情の色も見せない声で。

 少年は滔々と応えた。

 この少年は、遊撃隊の一人を斃し、続けざまにタガネを襲った女装の子供だが、情報を聞き出す前に舌を噛み切ろうとし、口内にも自死の策を仕込んでいたという徹底した秘匿を続けていた。

 東軍のこともあって。

 この少年に構ってもいられず、結果として砦に取り残してきた。

 ただ、椅子に縛り付けた状態で放置したのに、眼前に飄然と姿をさらす様子にほとほと呆れる他になかった。

 タガネは肩を落として。

「無理だと思うがね」

「命令ですので」

「じゃあ、勝手にしてくれな」

「はい」

「服はどうにかしろ」

 その隣を通り過ぎて。

 少年がタガネの背後についた。

 隊列に加わる少年の肩に、ジルが腕を回した。

「オレはジル、よろしくな坊主!」

「私は標的以外に関わるつもりはありません」

「冷てぇなー」

「……………」

「無視すんな。自己紹介しろよ」

「ナハトです」

 その名前に。

 タガネはへぇ、と呟いた。

「大陸北西部の部族の言葉だな」

「あ?」

「魔女だの、吸血鬼?だのを信仰してる奇態な部族の言語だよ」

「詳しいのか、剣鬼」

「仕事で一度だけ行った。ナハトは、その言葉で『夜』を意味する」

「ほー」

 ジルは少年ナハトの顔を至近で見つめた。

 吐息の不快な感触に、若干ナハトが顔を歪める。

「ま、夜みたく(くれ)ぇ感じはするけどな!」

「…………」

「つまんねぇ!」

 ジルが眉をしかめて離れる。

 ロビーがその後ろでは苦笑していた。

 タガネは南の方角に歩みながら、ナハトを肩越しに見る。

 雇い主は誰なのか。

 思い当たる節が多すぎて検討がつかない。

 最も有力なのは。

 あの清潔感のある服の男。

 何かの切っ掛けで、それこそ剣鬼だからと興味を持たれた可能性がある。

 または、ケティルノース討伐に軍を出兵する国のどれか。

 軍の要として待遇されるタガネを目障りに思って消そうとしている。

 任務内容がわからないので、暗殺目的なのか生け捕りかも読めない。どちらにしても、剣呑な悪意が奥底に渦巻いている。

「おい、とりあえず飯食わねぇか?」

「も、もうお金使うんですか!?も、もっと慎重に使いましょうよ」

「ロビー、男は酒と肉と女だぞ!金の使い途で躊躇うんじゃねぇ!強気でいくんだよ男は!」

「標的の飯に一服盛れば、あるいは……」

 背後の喧騒。

 ときに野蛮な笑い声さえどっと湧く。

 その騒々しい様子に。

 空を見上げて、タガネは嘆息した。






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