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本隊が接近する気配は無い。
そも、どの時機に突入を開始するのか。
合図の示し合わせすら無い。
斃れてしまった案内人も説明せず、ただ侵入経路への道のりを急がせていた。作戦としては杜撰に過ぎる。
砦に攻め入る。
そうすれば。
人の声なり、火の手なり、遠くまで届く混乱の気配が漂って、本隊が進軍するのだと勝手に推測していた。
ただ。
もう彼らが来てもおかしくは無い。
逃げ惑う北軍兵士の悲鳴は夜気に響き渡った。
遠くの森にも聞こえているはずである。
それでも影すら見せない。
タガネの頭に、理由が一つだけ思い浮かんだ。
ジルも訝しんで問う。
「剣鬼、なんで本隊は来ない?」
「俺たちはどこまでいっても傭兵」
「あ?」
「そういうこったろ」
タガネは呆れながら砦へと足を運ぶ。
その後ろに次々と傭兵が続いた。
言葉もなく、タガネが先陣を切るのは当然だと先を譲って歩んだ。
砦の正門に向かって、着衣や甲冑から血の滴を垂らした集団が進むさまは、人ならざる悍しい魔性たちの行進だった。
先頭を征くタガネ。
その隣にジルが着いた。
「なあ、本隊はどうする?」
「来ねぇさ」
「あっ?」
「奴さんら、俺らに丸投げしたのさ」
すぐ後ろにいたロビーが奇声を上げる。
ジルはやれやれと首を横に振る。うすく感付いていたのだ。
「ど、どうしてですか!?」
「本隊なんざいない。俺らに可能な限り戦わせて砦を疲弊させた後、あたかも今着いたって頃合いを見計らって出てくる心算だな」
つまり。
遊撃隊とは名ばかりの特攻隊である。
侵入経路での迎撃は予想外としても、これで砦の中での侵略は、傭兵がすべてを薙ぎ倒すか全滅するまで戦うかを見計らっているのだ。
その理由はただ一つ。
みずから提供すると約束した破格の報酬。
払えない上で、ただ使い潰して有耶無耶にする心積もりだったのだ。
仮に生き残ったとして。
あとは疲弊しているので殲滅もたやすい。
いわば使い捨て、相手の戦力を最小限まで削るか、共倒れするかを狙っている。
それが東軍の策謀。
「そ、そんな……」
「傭兵なんざ、そんなもんだ」
「そうそう」
ジルが飄々と同意する。
タガネは正門を見上げた。
内側から錠をかける観音扉。迫持の中に収まったそれは大きく、見上げるほどあった。
一見してもわかる硬い材質である。
破城槌もない現状では破壊が困難だった。
「しかし、最近は護衛業が多かったしな」
「鈍ってたか」
「東軍の謀にも気づけなんだ」
タガネは軽く自嘲して。
正門の前に立つと、魔剣を掲げる。
切っ先を前に向けながら、槍のように後ろへと引き絞る。
前へ一歩踏み込んだ。
「頼むぞ、レイン」
『任された』
全力をもって。
タガネは魔剣を前へと投じた。
深々と扉に突き立ち、その剣身から光を発する。光量が増して、全員の目が眩む強さまで達した瞬間に爆発を起こした。
砦の内外へと噴煙じみた土埃が舞う。
剣の内部に貯蔵していた魔素の放出である。
魔法のような手順や操作もない、単純で暴力的な魔力行使だった。道中で斬った敵の魔素があるので、供えは充分にあった。
爆風が吹いた。
煙が払われて視界が晴れる。
タガネは誰よりも早く駆け出した。
「レイン、戻れ」
『りょーかい』
独りでに魔剣が宙に浮く。
そのまま虚空を滑って、タガネの手中に収まった。
傭兵たちが雄叫びを上げて後続する。
爆破で転倒した番兵たちを斬りながら進む。
警戒網に人員を割いただけあり手薄だった。
「さて、首級は何処か」
砦の中を見回した。
奥側の通路へと逃げ込む兵士たちが殺到している。
ジルが呆れ笑いをこぼした。
「あれで戦争推進派か?」
「拍子抜けだな」
二人で上階への階段を見上げる。
そこに、逃げずに立ち塞がる兵士たちがいた。その隊列の奥には、風変わりな甲冑姿が見咎められる。
タガネは眉をひそめた。
そして、逃げ込む兵士たちの方を見る。
「あの奥だな」
「え、階段の方じゃねぇのかよ」
「上だと逃げ場がなくなる。だから、敢えて守備を固めてみせて、上階にいると気を引きたいんだろ」
「なるほどな」
タガネは目配せで通路を示す。
「おまえさんらは追討と首級だ」
「剣鬼は?」
「俺は、あれの面倒を見る」
了解した者から駆けていく。
それを見て、慌てて階段を固めていた兵士たちが飛び出した。
その前にタガネは回り込み、剣を構えて威嚇する。
「ここから通さな――」
不敵に笑って。
敵の足を阻もうと剣を振りかざす。
「待ってくれ!!」
その直後。
甲冑姿が諸手を挙げた。それに倣い、兵士たちが武器を手放して膝を突く。
タガネの顔が疑念で曇る。
「降伏する」
「………は?」




