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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」北端
132/1102



 その同刻。

 騒然としているのは砦内だけではない。

 坑道もまた、混乱の渦中にあった。否、混乱の中心となっていた。

 予備警戒網として展開していた坑道の警備。

 地下坑道から侵入して砦に仕掛けると予測していた勢力を、迎撃隊が処理したと考えながら、予防線として坑道にも充分な武力を配置した。

 これならば。

 勢威を削がれた本隊や別働隊であろうと返り討ちにできる。

 逼迫(ひっぱく)した東軍にとって最後の戦線。

 これで北軍は彼らを制圧したも同然になる。

 そのはずだった。


 鉱山の中腹に空いた坑道の入口。

 その前を守る数十人は、篝火(かがりび)のそばで緊張に手汗を滲ませた。

 武器を握る手は、まだ敵影も定かでない段階で力んでいる。坑道の奥に目を凝らし、胸を締め付ける危険の気配に震えた。

 砦内部の混乱は凄まじい。

 しかし、現場はそれ以上である。

 先刻から。

 坑道より逃げ帰る人間が後を絶たない。

 誰も彼も、武器を(なげう)って力走している。

 警備隊は怯えていた。

 員数を重ねた防衛を講じたにも(かかわ)らず。

 外部から侵入し、そのまま坑道を上がってくる勢力によって踏みにじられていた。相手の数倍で立ち向かっても敵わない。

 悲鳴混じりの報告。

 砦の最前線を守るこの数十名も、ついに戦闘の緊張感に体を強張らせた。

 敵はここにたどり着けない。

 そう(たか)を括っていた。

 だからこそ。

「き、来たぞ!」

「鬼どもだ!!」

 坑道の奥から銀の影が現れる。

 全身を返り血で染めて少年が猛突進していた。

 旋風のように、逃げ(まど)う兵士の隙間をすり抜けて、通過点となった彼らを漏らさず斬り倒した。

 坑道に灯した火よりも。

 鮮烈な赤い血潮が目に焼き付く。

 そこに鬼がいた。

 両手の剣で、瞬く間に坑道を血で彩る。殺意をむき出しにした凶相で突き進んでいた。

 片手の剣が折れるや兵士一人の顔面に投擲し、突き立ったところへ飛びつく。

 そこへ更に足の裏で柄を叩いて押し込んだ。

 兵士の後頭部で血飛沫(ちしぶき)がはぜる。

 間髪入れず。

 もう片手の剣で別の一人を袈裟に両断する。

 特殊な意匠の剣。

 血に濡れてなお澄んだ水色の光沢を失わない。剣そのものが凄まじいのか、使い手の少年が秀逸なのか。

 どちらなのかは、もう定かでない。

 ただ鬼は止まらなかった。

「このまま一気に叩くぞ!!」

「おお!!」

 そして。

 少年の後方から、なだれ込む傭兵たち。

 彼らもまた、鬼の気を帯びて敵を蹴散らす。

 その目はまだぎらぎらと危うい光を宿し、顔全体は狂気一色になっている。

 敵う者などいなかった。

 悪鬼(あっき)の群を誰も止められない。

 数十名が、一斉に息を呑んだ。

「東軍は、あんな化け物どもを……」

「抱え込んでたってのか……?」

「無理だ」

「勝てない……」

 全員が一歩ずつ後退(あとずさ)る。

 だが鬼はもう目の前だった。

 逃げられる距離では無い、いや、鬼の目が逃がすまじと(こちら)を睨んでいる。

 足が萎縮してしまい、警備が棒立ちになった。

 そこへ。

「一匹も逃さんよ」

 銀髪の鬼が血を滴らせて迫る。

「あれが噂の」

「剣鬼のタガネなのか!」

 名を口にした者から斬り伏せられた。

 そして彼に続くように、傭兵の波濤(はとう)によって押し潰され、一人として討ち漏らさない。

 最後の防衛線は、突破された。

 先頭に立っていた少年タガネは、血も拭わずに砦を見上げる。

 屋外でも騒々しい人の声が聞こえていた。

「さて、残るは本陣のみ」

「剣鬼、こっちは片付いたぜ」

「ご苦労様」

 肩越しに労う言葉をかけて。

 タガネは森の方に視線を向けた。

「……本隊の影が無いな」




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