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その同刻。
騒然としているのは砦内だけではない。
坑道もまた、混乱の渦中にあった。否、混乱の中心となっていた。
予備警戒網として展開していた坑道の警備。
地下坑道から侵入して砦に仕掛けると予測していた勢力を、迎撃隊が処理したと考えながら、予防線として坑道にも充分な武力を配置した。
これならば。
勢威を削がれた本隊や別働隊であろうと返り討ちにできる。
逼迫した東軍にとって最後の戦線。
これで北軍は彼らを制圧したも同然になる。
そのはずだった。
鉱山の中腹に空いた坑道の入口。
その前を守る数十人は、篝火のそばで緊張に手汗を滲ませた。
武器を握る手は、まだ敵影も定かでない段階で力んでいる。坑道の奥に目を凝らし、胸を締め付ける危険の気配に震えた。
砦内部の混乱は凄まじい。
しかし、現場はそれ以上である。
先刻から。
坑道より逃げ帰る人間が後を絶たない。
誰も彼も、武器を抛って力走している。
警備隊は怯えていた。
員数を重ねた防衛を講じたにも拘らず。
外部から侵入し、そのまま坑道を上がってくる勢力によって踏みにじられていた。相手の数倍で立ち向かっても敵わない。
悲鳴混じりの報告。
砦の最前線を守るこの数十名も、ついに戦闘の緊張感に体を強張らせた。
敵はここにたどり着けない。
そう高を括っていた。
だからこそ。
「き、来たぞ!」
「鬼どもだ!!」
坑道の奥から銀の影が現れる。
全身を返り血で染めて少年が猛突進していた。
旋風のように、逃げ惑う兵士の隙間をすり抜けて、通過点となった彼らを漏らさず斬り倒した。
坑道に灯した火よりも。
鮮烈な赤い血潮が目に焼き付く。
そこに鬼がいた。
両手の剣で、瞬く間に坑道を血で彩る。殺意をむき出しにした凶相で突き進んでいた。
片手の剣が折れるや兵士一人の顔面に投擲し、突き立ったところへ飛びつく。
そこへ更に足の裏で柄を叩いて押し込んだ。
兵士の後頭部で血飛沫がはぜる。
間髪入れず。
もう片手の剣で別の一人を袈裟に両断する。
特殊な意匠の剣。
血に濡れてなお澄んだ水色の光沢を失わない。剣そのものが凄まじいのか、使い手の少年が秀逸なのか。
どちらなのかは、もう定かでない。
ただ鬼は止まらなかった。
「このまま一気に叩くぞ!!」
「おお!!」
そして。
少年の後方から、なだれ込む傭兵たち。
彼らもまた、鬼の気を帯びて敵を蹴散らす。
その目はまだぎらぎらと危うい光を宿し、顔全体は狂気一色になっている。
敵う者などいなかった。
悪鬼の群を誰も止められない。
数十名が、一斉に息を呑んだ。
「東軍は、あんな化け物どもを……」
「抱え込んでたってのか……?」
「無理だ」
「勝てない……」
全員が一歩ずつ後退る。
だが鬼はもう目の前だった。
逃げられる距離では無い、いや、鬼の目が逃がすまじと先を睨んでいる。
足が萎縮してしまい、警備が棒立ちになった。
そこへ。
「一匹も逃さんよ」
銀髪の鬼が血を滴らせて迫る。
「あれが噂の」
「剣鬼のタガネなのか!」
名を口にした者から斬り伏せられた。
そして彼に続くように、傭兵の波濤によって押し潰され、一人として討ち漏らさない。
最後の防衛線は、突破された。
先頭に立っていた少年タガネは、血も拭わずに砦を見上げる。
屋外でも騒々しい人の声が聞こえていた。
「さて、残るは本陣のみ」
「剣鬼、こっちは片付いたぜ」
「ご苦労様」
肩越しに労う言葉をかけて。
タガネは森の方に視線を向けた。
「……本隊の影が無いな」




