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鉱山の中腹。
砦には密かな波紋が広がっていた。
兵士は通廊を忙しなく駆け巡る。
誰の顔にも冷静さは失われていた。
動揺が伝播する最中。
砦の統轄を委任された軍服の男は、青褪めた顔色で砦のバルコニーから森を眺めていた。
作戦は完璧だった。
その確信が覆っている。
「どうしてだ……」
悲嘆もあらわに呟く。
東軍が利用するであろう侵入経路を断ち、立ち往生している間に掃討する計画。その後、本格的な東軍基地の占領に打って出る。
その段取が狂わされた。
予定地に現れたのは傭兵部隊。
狙撃と退路となる森からの奇襲で、士気もない東軍を全滅させる策は、見事に打破されてしまった。
状況確認のために派遣した者から早馬の報告だった。
失敗の第一要因。
それは、傭兵部隊の一人である。
並外れた剣技で悉く(ことごとく)の難を排してみせた。
大陸最強と名高い――剣鬼その人である。
ケティルノース討伐ではなく。
連合国の戦地に現れた。
「なぜだ、ヤツは……」
「ここも無理そうだねぇ」
背後でのんきな声がした。
戦場に似つかわしくない清潔な詰襟の服。
バルコニーで優雅に酒を嗜んでいた。
「あ、相手は剣鬼ですよ!?」
「知っているさぁ」
「わ、我々はどうすれば……」
詰襟の男は立ち上がる。
バルコニーから静かに立ち去ろうとした。
その足に軍服がすがりつく。
「ま、待ってくれ!」
「んん?」
「頼む、我々は何としても……」
「ナハト」
詰襟の男が指を鳴らす。
バルコニーの闇から、すっと影が浮かんだ。
忽然と侍女が姿を現し、片手にした短剣で軍服の首をすばやく刈った。断面から迸る流血を避け、男のそばに引き下がる。
死体を一瞥だけして。
男は森の方角に唇を尖らせた。
「ここの戦力では難しそうだぁ」
「………」
「君は残れ」
「はい」
「目標物だけでも確保しなさい」
「承知しました」
侍女にそれだけ告げて。
男は愉快な笑声を響かせながら立ち去った。




