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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」東端
128/1102

ジルニアスの表記を『ジル』に省略しました。



 夜闇に銀閃が刻まれる。

 遊撃隊の最後尾を狙った(やじり)たちが砕けた。

 タガネが振り抜いた魔剣を構える。

 ジルとロビーは萎縮していた。

 空から落下する凶器に射抜かれて、次々と傭兵たちが倒れていく。

 阿鼻叫喚の地獄と化す最中、タガネだけは冷静に矢を打ち払った。一つも打ち損じることなく、凶器の雨を(さば)く。

 その剣舞を傘にして。

 二人は感嘆にひたっていた。

「す、すげぇ」

「い、一体タガネさんって……」

「そっか、オメェは知らねぇのか」

「は、はい?」

 ジルが驚怖(きょうふ)に笑った。

 体は武者震いを起こして、タガネの後ろ姿から目を逸らさない。

 ロビーの双眸もまた。

 尋常ならざる剣士に釘付けだった。

「ありゃ、剣鬼(けんき)だ」

「鬼……?」

「オレらの界隈で知らねぇヤツぁいない」

「そ、そんな凄い人ですか」

 戦慄(わなな)く二人を庇って。

 タガネは頭上に気を払う(かたわ)ら、周囲にも鋭く視線を巡らせる。

 月明かりもなく、風もない。

 それでも背筋を撫でる悪寒がする。

 静謐の闇に沈んだ森の中が殺気立っていた。

 何か来る!

 タガネの本能が叫んだ。

「二人とも構えろ」

「あ?」

「へ?」

 矢の雨脚(あまあし)が弱まる。

 タガネは最後の一矢を宙で叩き折った。

 それから剣先を中段に構え、肩越しに後ろへ目を光らせる。危うげな空気を孕んだ林間に意識を澄ました。

 ジルは槌鉾を手に後ろへ向く。

 ロビーは短剣を手に(やぶ)に隠れた。

 矢を放つ音が途絶える。

 傭兵たちは半数近くが(たお)れた。

 沈黙が流れ、緊張感が高められていく。

 凪いだ暗中で。

 耳朶を打つのは自身の鼓動だけ。

 そんな時間がしばし流れて。

「来るぞ」

「おうさ!!」

「は、はひぃ!」

 タガネの一声が飛ぶ。

 その一瞬の後に、草を掻き裂く雑踏の音。

 仄かな木の影から、人が躍り出る。

 武器を手に低く突進する男たち、調えられた武装で統一された風采は同業者(ようへい)ではなく、北軍の正規部隊のものだった。

 タガネは舌打ちして。

 ロビーの背中を蹴って後方に跳躍する。

 躍りかかる一人目へ。

 タガネは宙で回りながら一閃を放った。

 血を散らして一つ首が飛ぶ。

「おらぁぁぁあ!!」

「ふん」

 戦斧を手にした大男が現れる。

 樫の木じみた太い足が踏み込んだ。

 大上段から振り下ろし、頭上の梢を断ち切りながらタガネを狙う。男の膂力(りょりょく)に一片の惜しみは無く、刃は凶悪な慣性を宿して迫った。

 対して。

 タガネはまだ着地もしていない。

 ようやっと爪先が土を踏む。

 膂力の差、速度、武器の切れ味。唸りを上げて肉薄する戦斧が相手では、どれが優れていても防ぎようが無い。

 しかし。

 タガネにとっては些末なことだった。

 膂力が劣ろうと。

 後れを取ろうと。

 鈍物(なまくら)であろうと。

 すべては『技』があれば最上の剣に化ける。

 タガネは剣を振るった。

 斧と剣先が交わる瞬間に、ジルとロビーは彼の死を覚悟する。大男にも確信の笑みが生まれた。

 そして。

 ゆっくりと鋼が斬られる。

 タガネの剣が、斧の刃を両断した。

 まるで柔肉を断つかのごとく、鋭い切っ先は半円形の戦斧に食い込み、そのまま芯となる柄まで滑らかに進んだ。

 誰もが目を疑う。

「はっ?」

「嘘だろ!?」

 タガネの面前を欠けた斧が過ぎる。

 そのまま地面に打ち付けられて土砂を散らす。

 渾身の一撃は威力を殺された。

 斧が叩きつけられて。

 その後の寸陰の間すら空けずに、瞠目する男の頭へと(ひるがえ)るように返す刃で剣が振るわれる。

 顎から上を袈裟に割った。

 顔の上部が緩やかに首の上を滑り落ちる。

 大男の死体が足元にくずおれた。

他愛(たあい)ないな」

 足元でどぷどぷと血が溢れる。

 大男の死体へと、タガネは冷たく言い放った。

 酸鼻な光景を前に。

 なだれ込む北軍の動きが止まった。

 三人へと槍衾を展開して詰め寄る。

 牽制の眼差しを投げつつ。

「ジルとロビーよ」

「あ?」

「は、はいっ」

「全員、俺が倒してもいいのかい?」

 挑発的な笑みを二人に向けた。

 ジルは少しだけきょとんとして、すぐに笑顔を作って隣に進み出た。ロビーは藪から顔を出して、横に首を振る。

「さあ、男を上げるときだぜロビー!」

「むむむむ無理ですぅ!!」

「何でも良いよ」

 目前に広がる凶刃の輪に。

 二人は怖気付(おじけづ)くことなく地を蹴った。

 槌鉾が並べられた穂先を薙ぎ払い、そこに生じた隙間からタガネが滑り込んで剣撃を叩き込む。最前列が崩れると、二人は猛牛のような勢いで北軍の隊列に侵入した。

 全方位を敵意に囲われながら。

 止まることなく蹂躙(じゅうりん)する。

 槌鉾を一振りし、一回転でジルを中心にした空白は広がった。また、武器の先端で持ち上げた兵士を地面に叩き伏せる。

 槌鉾を降ろした所に血が染みて泥濘ができた。

 ジルそのものが凶悪な竜巻と化す。

 次々と敵兵を薙ぎ倒した。

「おらおら、次だ次ぃ!」

 そこから少し離れて。

 タガネは敵刃(てきじん)を鮮やかに捌く。

 わずかな間隙もなく。

 密集して襲い来る敵の兇手を剣で打ち砕いた。

 魔剣が敵へと走る。

 刹那の残光を闇に刻んで敵の一人をほふった。

 タガネは顔に笑みを湛える。

「北軍も大したこと無いな」

 魔剣が唸る。

 一人が半身を、首を失って倒れた。

 鬼気迫る二人の戦いぶり。

 それを目にして。

 ロビーは恐慌に固まっていた。

「これが、傭兵の戦い……?」

 剣鬼を筆頭とした反撃が始まる。

 先頭で剣を振る修羅(タガネ)の姿に、矢を受けた中でも動ける者は北軍の包囲網に応戦した。

 程なくして。

 北軍の迎撃部隊は全滅した。






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