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ジルニアスの表記を『ジル』に省略しました。
夜闇に銀閃が刻まれる。
遊撃隊の最後尾を狙った鏃たちが砕けた。
タガネが振り抜いた魔剣を構える。
ジルとロビーは萎縮していた。
空から落下する凶器に射抜かれて、次々と傭兵たちが倒れていく。
阿鼻叫喚の地獄と化す最中、タガネだけは冷静に矢を打ち払った。一つも打ち損じることなく、凶器の雨を捌く。
その剣舞を傘にして。
二人は感嘆にひたっていた。
「す、すげぇ」
「い、一体タガネさんって……」
「そっか、オメェは知らねぇのか」
「は、はい?」
ジルが驚怖に笑った。
体は武者震いを起こして、タガネの後ろ姿から目を逸らさない。
ロビーの双眸もまた。
尋常ならざる剣士に釘付けだった。
「ありゃ、剣鬼だ」
「鬼……?」
「オレらの界隈で知らねぇヤツぁいない」
「そ、そんな凄い人ですか」
戦慄く二人を庇って。
タガネは頭上に気を払う傍ら、周囲にも鋭く視線を巡らせる。
月明かりもなく、風もない。
それでも背筋を撫でる悪寒がする。
静謐の闇に沈んだ森の中が殺気立っていた。
何か来る!
タガネの本能が叫んだ。
「二人とも構えろ」
「あ?」
「へ?」
矢の雨脚が弱まる。
タガネは最後の一矢を宙で叩き折った。
それから剣先を中段に構え、肩越しに後ろへ目を光らせる。危うげな空気を孕んだ林間に意識を澄ました。
ジルは槌鉾を手に後ろへ向く。
ロビーは短剣を手に藪に隠れた。
矢を放つ音が途絶える。
傭兵たちは半数近くが斃れた。
沈黙が流れ、緊張感が高められていく。
凪いだ暗中で。
耳朶を打つのは自身の鼓動だけ。
そんな時間がしばし流れて。
「来るぞ」
「おうさ!!」
「は、はひぃ!」
タガネの一声が飛ぶ。
その一瞬の後に、草を掻き裂く雑踏の音。
仄かな木の影から、人が躍り出る。
武器を手に低く突進する男たち、調えられた武装で統一された風采は同業者ではなく、北軍の正規部隊のものだった。
タガネは舌打ちして。
ロビーの背中を蹴って後方に跳躍する。
躍りかかる一人目へ。
タガネは宙で回りながら一閃を放った。
血を散らして一つ首が飛ぶ。
「おらぁぁぁあ!!」
「ふん」
戦斧を手にした大男が現れる。
樫の木じみた太い足が踏み込んだ。
大上段から振り下ろし、頭上の梢を断ち切りながらタガネを狙う。男の膂力に一片の惜しみは無く、刃は凶悪な慣性を宿して迫った。
対して。
タガネはまだ着地もしていない。
ようやっと爪先が土を踏む。
膂力の差、速度、武器の切れ味。唸りを上げて肉薄する戦斧が相手では、どれが優れていても防ぎようが無い。
しかし。
タガネにとっては些末なことだった。
膂力が劣ろうと。
後れを取ろうと。
鈍物であろうと。
すべては『技』があれば最上の剣に化ける。
タガネは剣を振るった。
斧と剣先が交わる瞬間に、ジルとロビーは彼の死を覚悟する。大男にも確信の笑みが生まれた。
そして。
ゆっくりと鋼が斬られる。
タガネの剣が、斧の刃を両断した。
まるで柔肉を断つかのごとく、鋭い切っ先は半円形の戦斧に食い込み、そのまま芯となる柄まで滑らかに進んだ。
誰もが目を疑う。
「はっ?」
「嘘だろ!?」
タガネの面前を欠けた斧が過ぎる。
そのまま地面に打ち付けられて土砂を散らす。
渾身の一撃は威力を殺された。
斧が叩きつけられて。
その後の寸陰の間すら空けずに、瞠目する男の頭へと翻るように返す刃で剣が振るわれる。
顎から上を袈裟に割った。
顔の上部が緩やかに首の上を滑り落ちる。
大男の死体が足元にくずおれた。
「他愛ないな」
足元でどぷどぷと血が溢れる。
大男の死体へと、タガネは冷たく言い放った。
酸鼻な光景を前に。
なだれ込む北軍の動きが止まった。
三人へと槍衾を展開して詰め寄る。
牽制の眼差しを投げつつ。
「ジルとロビーよ」
「あ?」
「は、はいっ」
「全員、俺が倒してもいいのかい?」
挑発的な笑みを二人に向けた。
ジルは少しだけきょとんとして、すぐに笑顔を作って隣に進み出た。ロビーは藪から顔を出して、横に首を振る。
「さあ、男を上げるときだぜロビー!」
「むむむむ無理ですぅ!!」
「何でも良いよ」
目前に広がる凶刃の輪に。
二人は怖気付くことなく地を蹴った。
槌鉾が並べられた穂先を薙ぎ払い、そこに生じた隙間からタガネが滑り込んで剣撃を叩き込む。最前列が崩れると、二人は猛牛のような勢いで北軍の隊列に侵入した。
全方位を敵意に囲われながら。
止まることなく蹂躙する。
槌鉾を一振りし、一回転でジルを中心にした空白は広がった。また、武器の先端で持ち上げた兵士を地面に叩き伏せる。
槌鉾を降ろした所に血が染みて泥濘ができた。
ジルそのものが凶悪な竜巻と化す。
次々と敵兵を薙ぎ倒した。
「おらおら、次だ次ぃ!」
そこから少し離れて。
タガネは敵刃を鮮やかに捌く。
わずかな間隙もなく。
密集して襲い来る敵の兇手を剣で打ち砕いた。
魔剣が敵へと走る。
刹那の残光を闇に刻んで敵の一人をほふった。
タガネは顔に笑みを湛える。
「北軍も大したこと無いな」
魔剣が唸る。
一人が半身を、首を失って倒れた。
鬼気迫る二人の戦いぶり。
それを目にして。
ロビーは恐慌に固まっていた。
「これが、傭兵の戦い……?」
剣鬼を筆頭とした反撃が始まる。
先頭で剣を振る修羅の姿に、矢を受けた中でも動ける者は北軍の包囲網に応戦した。
程なくして。
北軍の迎撃部隊は全滅した。




