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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」東端
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 暗鬱とした気分になりながら。

 眼鏡の少年を立たせた。

「ありがとう、ございます」

 服の土を払って。

 少年が弱々しい声音で返答する。

 毛先の(ちぢ)れた鳶色の髪に、そばかすのある顔。着古した服の上に肩を防護する部分から欠損した革鎧、片足だけの臑当(すねあて)と爪先の破れた革靴。

 そして。

 袈裟にしたベルトには、複数の短剣を帯びていた。ただ、どれも刃毀(はこぼ)れしている、拾い物なのだろう。

 何故なら。

 袖から覗いた手は細かった。

 数を揃えた武装から、短剣を投擲(とうてき)する戦法が予想できたが、それにしても骨ばった指は満足に武器を握れるかすら疑わしい。

 これには二人とも言葉を失う。

 遊撃隊に選ばれるのは傭兵。

 つまり。

 この少年は傭兵として遊撃隊に志願したのだ。

 誰の目にも一般人なのは明らか。

 それに、戦力としては粗末にすぎる。

 諍いの文字すら知らなさそうに、二人を見る瞳は怯懦で揺れていた。

 ジルニアスが頭を抱える。

「いくら戦力不足つったってよぉ!」

「す、すみません」

「謝るなよ坊主、オレも虚しくなってくるぜ」

 肩を落とす二人。

 タガネは進行方向を指差した。

「早く行かんと置き去りだぞ」

「げッ!?」

「あ」

 遠くなる遊撃隊の背中。

 二人は泡を食って駆け出した。

 タガネもその後を追走する。

 ジルニアスはその体格から繰り出す歩幅の広さがあって距離を詰めるが、先導と同様に体力のない少年は早くも息が絶え絶えだった。

 タガネとジルニアスは追い抜いた。

 ふたたび遊撃隊の最後尾として合流する。

 少年とは少しずつ間隔は広くなり。

 後ろで苦しみ喘ぐ声が小さくなっていく。

 ジルニアスが肩越しに顧みる。

「おい、どんどん遠くなんぞ」

「気にすんな」

「でもよぉ」

「あれはむしろ、ここで置いてく方が命拾いするだろう」

「お、おう」

 冷然とタガネは切って捨てる。

 ジルニアスは戸惑いがちにうなずいた。

 弥増(いやま)す先の不安に、また余計な負担を背負っては、遊撃隊は返り討ちに遭う。そうなっては本末転倒である。

 合理的に考えて。

 あの少年は見捨てるのか最善と判断した。

「うううううう……!」

 しかし。

 ジルニアスは唸っていた。

 眉根を寄せて、苦しげに顔を歪める。

「うるせぇ」

「なあ、剣鬼」

「まさか、あの小僧を拾うのかい」

「…………」

 タガネは後ろを見た。

 遠くで右へ左へと揺れる少年の影がある。

「足枷にしかならん」

「オレも、初めはあんなだったぜ?」

「……何の話だ」

「まだ傭兵になりたての頃のオレさ」

 ジルニアスは照れくさそうに笑う。

「貧民街の出でよ」

「…………」

「腹いっぱい飯が食いたくて、オレぁ傭兵になったんだ」

「………それで?」

「アイツの気持ち、判らんでもないんだぜ」

 そうして少年に視線を投げかけた。

 タガネも振り返る。

 傭兵として参戦した動悸は、おおむね予想がつく。その身なりから、充分な栄養を摂取できていない。

 まず食物を手に入れるために。

 傭兵として戦い、勝利する。

 ジルニアスはそこに共感し、過去の自身を想起して良心との葛藤(かっとう)に苛まれているのだ。タガネの判断が正しいと思う反面で、見捨てられない甘さが拮抗する。

 少年の声が遠くなるほど。

 ジルニアスの呻吟の声は大きくなった。

 タガネは嘆息する。

「俺は面倒を見んぞ」

「へ?」

「死ぬのもあの小僧の勝手、拾った命を失くすもおまえさんの責任だ」

「お、おう?」

 当惑するジルニアスの前で。

 タガネは踵を返した。

 すばやく翻身するや、少年まで駆け寄って肩に担ぐ。

 驚く少年を無視して、追走を始めた。

「す、すみません」

「礼ならあのデカいのに言いな」

「え……?」

「おまえさん、名前は?」

 肩の上に向かって訊ねる。

 眼鏡の少年は一瞬だけ呆気に取られて。

「あ、ロビーです」

「俺はタガネだ」

 タガネは隊列へと戻った。

 ジルニアスが困惑気味に笑う。

「良いヤツだな、剣鬼」

「おまえさんの責任だ」

「おん?」

「ほいさっ」

 タガネは一息吐いて。

 肩の上の少年ロビーを隣に投げ渡す。

 ジルニアスは慌てて受け取って、自身の肩に乗せた。彼の甲冑とロビーの革鎧が音を立てる。

 突然のことでロビーは目を回していた。

「丁重に扱えよ!」

「すまんな、薄情なもんで」

 二人に向かって。

 タガネは意地悪な笑みを浮かべた。

 ジルニアスは小さく噴いて、肩を震わせる。

 そのときには、二人の胸裏を占めていた不安は消えていた。

 そして。

 遊撃隊の足が止まる。

 連絡係が身を低くして前を指し示す。

 一同の注目が示された方向に集まった。

「あれか」

「あれだな」

 一寸先は緩やかな傾斜になっている。

 その下に藪で隠れた細道があった。

 道の先を視線で辿ると、崖壁に突き当たる。

 ジルニアスが肩からロビーを降ろした。

 三人で道の終端にある岸壁を睨む。

「隠し通路がある話だったが」

「坑道が無ぇぞ」

「ど、どうしたんでしょうか」

 説明と異なる状況に。

 ロビーの顔色がますます悪くなる。

 傭兵たちに動揺の波紋が広がる。先導していた連絡係の兵士も、地図と周囲を見比べて現在地を再確認していた。

 不穏な気配がする。

 タガネは崖上を振り仰いだ。

「お二人さん」

「はい?」

「んだよ」

 タガネは目を眇めて。

 ゆっくりと鞘から魔剣を抜き放った。

 その様子から。

 ジルニアスも事を察して構える。背中に背負っていた槌鉾(メイス)を手に取った。

「もし、坑道が」

「坑道が?」

 ロビーが先を促す。

 武器を構える二人に対して小首を傾げた。

 動揺する遊撃隊の面々。

 その頭上で、弦の弾かれる音、旋風(つむじかぜ)が吹いたような風切りの音を立て続けに耳にする。

 タガネの額に冷や汗が滲む。

「坑道が、塞がれていたとしたら?」

 不穏な予想を裏付けるように。

 遊撃隊の上に矢の雨が降り注いだ。





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