6
月のない夜空の下で。
傭兵たちは息を潜めて森を駆ける。
重装備の者もいるが、隠密の心得もあってか物音はあまり立てない。獰猛な猟犬となった彼らは、暗い空の下で唯一火を灯す砦を目指す。
その一団の最後尾で。
タガネは走っていた。
東軍の街よりは標高が低いので、草が繁茂するだけあり、空気は薄くなかった。それでも呼吸は重くなる。
それとは関係なく。
ジルニアスは始終顔をしかめていた。
珍しく沈黙を保っているが、隣のタガネを幾度も見ては、口元をもどけしげに歪ませる。
奇襲前に屈託を抱えた面だった。
「なぁ」
「うん?」
「なんで後ろ走ってんだ」
「目立っちまうんでね」
遠くの砦を眺めつつ。
タガネは先頭を走る背中を一瞥する。
連絡係として遊撃隊を率いる人物。
ただ、彼のせいで足取りは遅々としていた。
充分な休息と糧食を摂っていないからか、体力があまりに無く、足並みを揃える遊撃隊はそれに合わせているので一向に到着しない。
そうなると。
どうしても他人を観察する暇ができてしまう。
それがタガネにとっての天敵。
平時から目立つ容貌であるゆえに、すぐに他人は剣鬼だと察して、余計な注目が集まる。
集団の中心に立てば地獄。
そう考えての回避策だった。
「しょーもねーな」
「斬るぞ」
「男は目立ってナンボだろ」
「疲れるんだよ」
「てか、俺ら喋ってて良いのか」
「この距離なら問題ない」
砦はまだ遠い。
それに東軍の調査で、迂回しながら敵の布いた警備の陣を抜けて侵入可能な経路である。よもや警備の直近を通過するような愚は冒すまい。
そして。
タガネは魔剣に触れた。
『近くに駄目なぴかぴかいない』
「了解」
魔力を感知する魔剣から警告はない。
聞き咎める耳もないと判れば、ジルニアスの軽口も許される。
タガネは作戦概要を思い返す。
遊撃隊となった傭兵による奇襲で、砦内部の戦力を撹乱しつつ、可能な限り削ぐ。その後に本隊が突入して一気呵成の意気で制圧する算段だった。
砦は鉱山の山腹にある。
その鉱山は、東軍が所有していた土地だったが、数月前の戦いで北軍に奪われている。金の集積所が要塞化された。
ただ。
鉱山の路などの地図、記録は回収済みなので敵はまだ十全に鉱山の中を把握していない。何より、鉱夫が脱出の道として使う秘密の通路がある。
遊撃隊はそれを利して潜入。
上まで駆け込み、砦を奇襲するのだ。
そこまで想起して。
タガネは眉間のしわを険しくする。
「ジル」
「あんだい?」
「本隊はどこにいる?」
「あ?」
ジルニアスも険相になり。
後ろの樹間の闇に振り返った。
たしかに説明は受けた。
ただ、本隊の行動については後で砦に攻め入る以外は知らない。単なる説明不足なのか、意図的な秘匿か。
ジルニアスの顔に不安が兆す。
「剣鬼よ、これって……」
「焦臭いな」
「いまさら帰りたくなってきたぜ」
二人で先行きを案じた。
そのとき、前を走っていた一人が転倒する。
集団は止まらず過ぎていく。
タガネとジルニアスは立ち止まって。
倒れた一人の脇を抱えた。
「何してんだい」
「あぶねぇだろ、おい」
「ごめん、なさい」
か細い声で。
割れた眼鏡の青年が返答する。
武装をしただけの一般人だと判然としていた。
タガネとジルニアスは。
「……やっぱ帰るか」
「そうしてぇな」
ただ膨れ続ける不安を吐露した。




