4
夕刻。
街の中央にある広間で傭兵が集った。
タガネとジルニアスも、その一段の中に加わっている。簡単な食事と休息を済ませ、戦闘の準備を整えた。
広間の中心に据えられた台座。
その上に兵士が立っている。
粗末な装備に身を包み、士気に障るような疲弊状態だった。まだ傭兵たちの方が装備も万全で、気鋭の面構えである。
見上げる傭兵たち。
その目には払拭しがたい蔑視が宿った。
これが本当に、自分たちの報酬を約束できるのか。
そんな愁嘆も知らずか。
「諸君らに説明する」
兵士は昂然と胸を張って立つ。
風が吹くと、少しだけよろめいた。
微風でも折れる蘖のように儚げである。
傭兵たちから失笑が漏れた。
タガネは含み笑いをするジルニアスを視線で咎めた。
その笑声に兵士の顔が赤らむ。
気を取り直すように咳払いをした。
「我々は北軍との戦線に挑む」
「くっ……笑っていいか?」
「やめろ」
ジルニアスが唇を引き締める。
ただ、口端はいつまでもひくついていた。
笑うことこそ無いが。
タガネは兵士の言葉に呆れ果てていた。
この惨状で、北軍と張り合えるのか。いかに傭兵で戦力を補充したとはいえ、その戦法は相手も使っている。
つまり。
戦力は勝敗を決する如何に繋がらない。
何か切り札があるのか。
「ここから北西に北軍の砦がある。そこを陥落させる」
「………なるほど」
「傭兵たちには遊撃隊として、こちらが指示した通路を用いて、襲撃してほしい」
タガネは顔をしかめる。
遊撃隊――つまり尖兵だ。
奇襲を仕掛けるのに、たしかに傭兵をけしかけるのは効果的だが、誰よりも危険な任務であるし、損得勘定でしか動かない彼らが従うか否か。
猜疑心ばかり掻き立てる現状で。
これに賛同する人間がいるかどうか。
「報酬は約束通りの価を支払う」
「マジかよ」
「ほー」
念を押すように。
兵士の口上は報酬の確約を誓う。
広間が騒めき、ひそひそと囁き合った。詮議されるのは、やはり作戦参加の是非である。
ジルニアスは腕を組んで唸った。
タガネもひとり静思する。
「作戦開始は夜中だ」
「やっぱ夜戦だよなぁ」
「砦付近の森に連絡係が立っているので、それから指示を受けるように。
――以上だ」
言葉を切って。
兵士は台座から速やかに立ち去った。
その背中を見送って。
ジルニアスは拳を打ち鳴らす。
「よっしゃ、行くか!」
「行くのか」
「報酬が約束されるって言ってるし」
「…………」
「そう言える根拠が知りてぇな」
やる気に漲るジルニアス。
それを横目に、タガネは広間の片隅を見た。
夥しい奴隷を乗せた荷馬車がある。
その隣では。
奴隷商と思しき人間と、清潔感のある服に身を包む男が立っていた。何やら歓談しており、二人とも笑顔である。
やがて、男が顎で指す仕草で隣にいる侍女らしき女性に命令する。顎使された彼女もまた、何の抵抗もなく従った。
奴隷商に何かを渡している。
それを受け取って、深々と一礼する奴隷商へと鷹揚に手を振って、男もまた馬車へ飛び乗った。
荷馬車たちが動き出す。
「どした?」
「……ここは奴隷が多いな」
タガネは荷馬車を見つめる。
ジルニアスもそれを見遣って肩を竦めた。
「人を売って生計立ててんだろ」
「………」
「あの男が奴隷商に売ってたんじゃないか?」
タガネは目を細めた。
荷馬車に乗って、去っていく男の姿。
奴隷の子供に声をかけて微笑む。
「いや、あれは買い手だ」
「そうなのか?」
「しかも、あれ全部」
「あんな数買ってどうすんだよ……」
「俺らには関係ないかもな」
タガネもまた歩き出した。
すでに決意した傭兵たちは北西を目指している。広間から去る数だけでも、ほとんど最初と変わらない。
ジルニアスも後に続いた。
「さ、行こうぜ剣鬼!」
「やれやれ」
日が落ちる。
タガネの戦いが始まろうとしていた。




