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一刻の後。
馬車は連邦国の東部の街に着いた。
赤土で作られた家々が建つ。道を歩むのは、すす汚れた者ばかり。
鉄と血臭がする。
息をするのも苦しくなるような景観だった。
二人は運賃を払って降りる。
「碌でもない街だな」
タガネはまわりを見た。
疲弊した兵士が道端で眠っている。
欠けた甲冑を着込んだ兵士がいた。
装備の破損は重大だが、欠損した部分から覗く部分には傷もない。窶れた顔や細い腕などは、剣を持ち上げるのも苦労している様子だった。
支給品を着た一般人。
そうだとすぐに判った。
「これは、欺されたな」
「たしかに」
「報酬出ねぇかなぁ」
二人で立ち尽くしていると。
すぐそばで諍う声が聞こえた。
そこは糧食を貯蔵する倉庫。
食料を配布しているのか、列ができていた。その先頭で、二人の男が言い争っている。語らずも、量に対する不満を訴えているのだ。
それを遠目に。
タガネの表情が曇る。
「荒れてるな」
「テメェもそんな目してるぞ」
「変なこと言わんでくれな」
その軽口をいなし。
タガネは宿屋を探して歩く。
「宿か」
「ああ」
「意味ねぇだろ」
ジルニアスが顎で示す。
出兵の準備が着々と整えられていた。
「早ければ夜戦の参加になりそうだぜ」
「この軍、勝機が薄いぞ」
「怖いねぇ」
悲嘆をこめて。
タガネはこの街の情勢を案じる。
連邦国は五つに分かたれた。
北軍、西軍、東軍、南軍、そして中央軍。
タガネが来た街は、東軍の本拠地となる場所である。ここは土に恵まれておらず、食糧問題に喘いでいた。
他国の領土を奪って。
その辛苦を解消するために戦っている。
それにしては、傭兵に宛てがわれる報酬などは豪気である。
タガネも、その待遇を聞いて東軍についた。
しかし。
「信憑性が無ぇぞ、これ」
「ようやっと着いたってのにな」
「これなら北軍がマシだぜ」
タガネも心の中で同意した。
連邦軍で双璧をなすのは北軍と中央軍。
特に前者は戦争推進派であり、積極的な制圧を心がけている。その歯牙にかけられた西軍は、同盟という名の降伏を示している。
それも。
穏健派の南軍とこの有り様の東軍。
中央軍との一騎討ちとなる展望が誰の目にも浮かぶ。
タガネは愁眉を険しくする。
「ジルニアス」
「ジルでいいぜ」
「…………」
やけに馴れ馴れしい。
距離感に戸惑いながらもタガネは言葉を紡ぐ。
「東軍には勝機があるのか?」
「いや、わかんねぇな」
「その割に報酬は良い」
「詮索は止めようや」
タガネの言葉を切る。
ジルニアスが唇の前に人差し指を立てる。
その目は周囲を睨んでいた。
「きっと誰もが感付いている」
「…………」
「東方の言葉にあるだろ?あー……」
「『知らぬが仏』、か?」
「そう。それだ、それそれ」
タガネも口を噤む。
傭兵にも報酬を出せる算段がある。こんな窮状で、そんな約束ができる魂胆とは。
一縷の望みを懸けての勝利か。
それとも、綿密な計画による勝利か。
「それで」
「やっぱ東軍につくか?」
「いまさら転身も利かんだろ」
「だな」
二人で宿を目指し。
その道すがらで二人の横を馬車が通過する。
荷台には、多くの奴隷が乗っていた。それと、大量の樽である。
タガネの鼻を異臭がかすめる。
立ち止まって振り返った。
「小便臭い……?」
「どうした、タガネ」
「いや、別に」
タガネは再び進みだす。
「それで、おまえさん」
「おん?」
「俺について来る気か」
「へへっ、近くで剣鬼のお手並みを拝見したいんでね」
「そうかい」
二人は宿へ向かう。
その間もジルニアスの軽口はひたすら続いた。




