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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
六話「錆びた角」下門
120/1102

10



 常冬の国とあって。

 温泉街から人の足が絶えることはない。

 また地熱によって温められた空気に加えて、各地から集まる食材、高い評価を受ける旅館が建ち並ぶ。

 誰もが旅の労苦を癒やし、(つい)の地にする者も少なくなかった。


 そして。

 この街でも客足の多い旅館。

 その一室には、提供された前身頃(まえみごろ)の襟を合わせて着る――俗にいう浴衣という装束に着替えたタガネがいた。

 膝上に顔を真っ赤にしたレイン。

 頭から蒸気を立ててくたびれている。

「長風呂だったな」

「……レイン、とける」

「そりゃ怖ぇな」

 膝からレインを降ろし。

 タガネは窓を開けて換気する。

 外気も微温(ぬる)いが、風となれば幾ばくか体を冷ましてくれる。レインの前髪がかすかに揺れた。

 タガネは窓外の景色を見る。

 下の街道は和やかな空気だった。

 道行く中には体つきから傭兵や騎士などもいるが、誰も彼も警戒心もなく相好を崩して歩いている。

 美味な食事と温かい待遇、そして温泉。

 終の地として選ばれる所以だ。

 その通り、誰も表情に陰はない。

 むしろ。

 タガネもここを定住地にしても良いとさえ考えていた。

 今はレインもいる。

 戦を忘れて誰かと暮らしても悪くはない。

 そう思っていたところに。

「おい、剣鬼(けんき)

「…………ちっ」

 戦を想起させる異名で呼ぶ声。

 タガネは舌打ちして部屋の戸口に向かう。

 扉を開けて、隙間から外をにらむ。

「まさに鬼の面だな」

「タガネも温まった?」

 クレスとリフが立っていた。

 人が怯えて逃げ帰るような凶相で迎えるタガネにも臆さず挨拶する。

 二人の姿をみとめると。

 タガネはわずかに表情を柔らかくした。

「リフは部屋が違うだろ」

「レインちゃんと遊びに来たんだよ」

「私は見送りに来た」

「そりゃご苦労さん」

 タガネはそういって。

 扉を開けながら中へと誘う。

 リフが一礼して、中へと駆け入った。短い通路を抜けて、レインへと飛びつく。

 煩わしげなレインだが、抵抗はしていない。

 タガネは二人の様子に呆れて笑う。

「やれ、騒々しいな」

「剣鬼、話があるんだが……」

「まて」

 クレスを中に引き入れ。

 後ろ手に扉を閉めて背中で(もた)れる。

 クレスは切羽詰まった顔をしていた。それだけで、内容の重要さが伝わる。

「何の話だ」

「マリア様たちのことだ」

「何か不穏な噂でもあったのか?」

「不穏……まあ、そうだな」

「……それで?」

 クレスがうつむく。

 タガネは、彼越しに見える二人に気を配りつつ先を促した。

「西方島嶼連合国だが」

「ああ」

「つい四日ほど前に消滅した」

「……なに?」

 タガネは眉根を寄せ、顔を険しくさせた。

 四日前となると。

 鬼仔の集落と決着をつけたのが二日前、それから街に着いたのは今朝だったが、たしかにそれまで人里を経由していないので世情(せじょう)に触れる機会が無かった。

 その間に流れた情報である。

 西方島嶼連合国。

 そこは帰還する巡礼と親しくなり、マリアとミストが物見遊山(ものみゆさん)に向かった場所である。

 それが。

 四日前に消滅した。

「なにがあった?」

「……魔獣だ」

「魔獣………まさか」

 とてつもない事件の原因が魔獣。

 群島からなる国を滅ぼすとなれば、相応に破格の力を有する化け物しか思い当たらない。

 また、このご時世。

 最近国を滅ぼした魔獣がいたとあって疑う余地は寸分もなかった。

 そう。

「王国を滅ぼした魔獣が移動した」

「……」

「国土じたいは、まだ凶悪な魔獣の群棲地帯で誰も立ち入れないから、他国も侵略は不可能らしい」

「それよりも」

「ああ、その魔獣だが……」

 クレスの唇が告げる。

「最悪の魔獣『ケティルノース』だ」

「…………」

「ヤツは海を泳いで渡る姿が目撃されたらしい。海上には極光が現れていたそうだ」

 タガネは茫然自失とする。

 ケティルノース。

 ヴリトラ、デナテノルズと同列とされる三大魔獣でありながら、その危険度は二体を優に上回る魔神の申し子である。

 北海より渡って来て二つの国を滅亡させた。

 そんな怪物を相手に、人間が勝てる可能性は極小である。

 過去にも。

 尋常一様ではない被害を伴って倒していた。

「話によれば」

「……」

「西の海に星が()ちたと」

 ケティルノース。

 北の言葉では『星を喚ぶもの』の意である。

 まさに異名様々だった。

 苦しげにタガネは鼻の頭を揉んだ。

「それで、生存者は?」

「マリア様は無事だそうだ」

「ミストは?それと…………」

「ケティルノースから()()()守り、どうにか脱出したとか」

 三人で。

 それを聞いてタガネは安堵する。

 ミストとマリア以外のもう一人は、巡礼者だったフィリアに相違ない。比類なき力の素質があると、魔剣が反応を示し、ミストが認めていた。

 生きている。

 クレスの話が訃報ではないことに一先ず安心した。

 だが。

「マリア達の負傷は?」

「大事ないらしい。ただ……」

「なんだ」

 クレスが一瞬戸惑って。

「各国が剣鬼を探しているらしい」

「は?」

「ヴリトラ討伐の件で、貴様の評価は上がっている。それと、ケティルノース相手に戦った三名を加えて駆除する話が浮上している」

「なぜ」

 突飛な話に次はタガネが当惑する。

 クレスは肩を竦めた。

「これからも別の国が狙われるかもしれない」

「……ああ」

「そう考えて、世界全体で軍を組んで動く運びらしい」

「なるほどな」

 ようやく要領を心得た。

 次は自国が被害に遭う、その危惧(きぐ)に押されて世界が結託したのだ。本来なら、魔獣による被害の対処に国境は無いというのが世界全体で交わされた条約だが、普段は(ゆるが)せにされている。

 ただ。

 もうそれでは済まない段階になっていた。

 一刻も早くケティルノースを倒したい。

 その一念こそが世界を束ねたのである。

「どうする?」

「………そうさな」

 長嘆の息を吐いて項垂れる。

 タガネは心底つかれた様子で、クレスの横を通り過ぎた。

「とりあえず休ませてくれ」

「マリア様も呼んでいるぞ」

「あんだけのことがあったんだ、いいだろ」

 その言葉にクレスも閉口する。

 窓際に腰掛けたタガネは、開いた襟から入る快い風にひたりながら夜空を見た。

 クレスも部屋へと入り、その隣に立つ。

「それに」

 タガネの瞳が冷たさを帯びる。

「死ぬのが怖いんでね」

「怖い?」

「ああ」

「剣鬼と呼ばれた貴様が?」

 クレスが皮肉めいた口調で言うと。

 それにタガネは失笑を返した。

「これを見ろよ」

 タガネが後ろを指差す。

 それに従ってクレスは後ろを見た。

 リフとレインが戯れている。二人の様子など意に介さないほどに熱中していた。

 自然と笑みがこぼれる光景である。

 一度は魔獣として殺された魔剣の女児と。

 故郷の悲惨な事実を知った少女。

 二人は憂いの欠片もない表情だった。

「俺が本来求めるのはこれだ」

「……そうか」

「最初の頃の俺なら、迷わず行っただろうがな」

「最初?」

 タガネは自嘲的な笑みを作る。

「剣みたく尖ってた頃だよ」

「数年前の貴様か。……今も変わらんぞ」

「いや、変わった」

 きっぱりと否定して。

「錆びちまったんだよ、俺は」

 タガネは自身の掌を見つめた。

 剣鬼。

 剣のごとく鋭く、触れる者を傷つけるような人間だった。その異名がつく頃の自分と比較して、随分と人間らしくなっている自覚がある。

 以前の鋭さら無い。

 それは。

 剣鬼として鈍った。否、錆びたともいえる。

 目には見えない。

 その手は返り血に濡れて錆びていた。





ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


次回は、久し振りに一章のような話になりそうです。




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― 新着の感想 ―
>1章のように ハートフル(ボッコ)なお話になるんですね!(白目)
[一言] あとがきの一言、一章のようになる·····が最悪ですね。なにかあった時の保険なのか、ミスリードなのかわかりませんが、保身したいのかな?先があれこれ気になり、読むのを辞めようかと思いました。キ…
[良い点] 締めがうまい!
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