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鬼仔養成の管理担当。
国家機密に携わる重責に堪える実力がある。
あの老翁は、手強い。
ただ、まだ疑問は尽きない。
「どうして」
タガネの瞳が冷たく光る。
「リフが関わると肉は錆びる?」
その命題に。
誰もが沈黙して思考を要した。
リフも特徴などから鬼仔であるのは自明。何より鬼仔養成場の住人となれば、そこに疑う余地はそもそも皆無だ。
ならば。
どうしてリフだけが物に錆を作る特異な力を備えているのか。
疑問点を解消する情報が無い。
そもそも。
「見なかったことにして去るのが賢明だが」
タガネは村の方角を見遣る。
あれは秘匿された機関で行われている。
立入禁止の厳戒網を布いて、余計な詮索をされることすらも回避しようとしている。
だからタガネたちも入れた。
いや、それが効率的な食糧の確保になるから。
そして、情報漏洩の防止に繋がる。
秘密の処理に徹底した体制。
仮に。
これを逃れた者がいたなら、是が非でも追討にでるはずである。
見てはいけないもの。
されど見たからには無事で済まない。
「はー、温泉……」
タガネは肩を落とした。
旅の労苦を癒やす旅程の途上で、予想だにしない障害を前にして挫けそうになる。
知れた面子に再会したとはいえ。
それが厄介事の種には変わりないのだ。
「さて、リフ」
「あ、うん」
リフが顔を赤くして応える。
まだリクルによる色仕掛けの余韻があった。
「おまえさん、知ってたのかい?」
「何をですか」
「集落が鬼仔の巣窟だと」
リフは首を横に振る。
角に触れて、悲しげに目を伏せた。
「生まれたときから居るけど」
「知らねぇと」
「うん」
「錆の原因は?」
「ごめん」
これもまた本人も知らないらしい。
タガネは腕を組んで、脳内で情報を整理する。
人の肉を食う鬼仔。
それが巣食う人外魔境で安穏と暮らしていた少女には、何一つ事実が伏せられていた。住人は承知していて当然の内情を、リフは露とも知らなかった。
なぜ、彼女だけが。
「そういや、リフ」
「なに?」
「俺が訪ねたとき、買いに行くって」
「ああ、うん」
「何を買ってたんだい」
きょとんとして。
リフは手の指を折って数えるように。
「日用品、山菜、それと矢」
「ああ、それだ」
タガネが掌を叩く。
全員の視線がそちらに募った。
「リフは鬼仔だが人は食わん」
「はあ?」
「あの晩、俺と一緒に煮込み鍋を食ったが、あの材料は鹿肉と山菜だけだ」
タガネは自身の腹部を軽く叩いた。
夕餉として馳走された鍋は、人の肉ではなく鹿肉である。それは旅人の目利きでも容易に判別がつく。
それを調理した一品だった。
ただ鬼仔のリフとしては、もっと栄養分の豊富な人肉が欲しいところ。
「普段は何食ってる?」
「あんな感じと、もっぱら自分で獲った肉だね」
「そうなると」
クレスへと視線を移す。
「リフは鬼仔の出来損ないだ」
「そんな例は聞いたことがない」
「それが錆を湧かせてるんだろ」
「………」
「魔獣と人間の半性、親の魔獣は何だ?」
「――それは私が説明しよう」
水飛沫が上がる。
渓流から川岸へ、眼鏡の男が這い出た。
匍匐して熾火のそばへと寄る。濡れ鼠となったシュバルツだった。
一同が憮然として彼を見る。
「私の顔に何かついているのか」
「なぜ川から?」
「逃走経路として使った」
「真冬の河川に?」
「存外追い詰められてしまってな」
事も無げに語る。
リクルまでもが蒼褪めていた。
凍てつく水温すらシュバルツに痛痒は無いのか、平然と熾火のそばで服を脱ぎだした。濡れた後の体を容赦なく吹き付ける寒風も平気らしい。
全員が感嘆を通り越して畏怖する。
「そ、それで調査結果は?」
一等早く冷静さを取り戻し。
クレスが彼の報告をうながした。
「集落の民家は、すべて鬼仔の物」
「それで?」
「集落の北の洞穴に産屋がある」
シュバルツが北側を指した。
「そこに全ての答えがある」




