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熾火の前に。
タガネが仁王立ちになっていた。
足元では、もう一人のタガネ――として姿を詐っていた少年が頭を雪につけて謝罪していた。
隣ではリフが困惑している。
クレスは薬湯を飲みながら、面白そうに傍観する。薬師の娘も、我関せずと背を向けて追加の薬湯をこしらえていた。
そして。
タガネはただ低い声で。
「遺言は」
「すみませんでした」
少年が面を上げる。
これもまた、今年になって知りあった顔。
元革命派として帝国で暗躍していた少年リクルだった。以前は、タガネによって宮廷調剤師見習い、もとい捕虜として王国に送られた。
リクルは再び頭を地面につけて猛省する。
「おまえさんもクレス達と」
「はい」
「シュバルツもか」
「今は集落へ調査中です」
タガネは嘆息を禁じ得ない。
光魔法の使い手であるリクルは、光に依存している眼球の視覚情報を操作して、姿形さえも相手に錯覚させてしまう技術がある。
諜報には適した能力。
シュバルツはその側近として活動している男。
この二名の連携力は高く、クレスの片腕を斬り落とすにまで至った。
ただ。
「なんで俺の皮を被ってた?」
「り、リフさんを……集落から連れ出すために」
「だから、なぜ俺の姿を?」
露骨に顔を背けた。
リフを集落から連行する。
それは説明がなくとも、事情聴取のためだとは察せる。シュバルツが囮になって鬼仔を引きつけ、その間に引き抜く。
その策は悪くない。
それでも納得がいかなかった。
蒼ざめた様子にタガネは頭をわし掴みにした。
強引に視線を引き戻させる。
「な、ぜ?」
「……た、タガネさんと彼女は知人ですし」
「それで?」
タガネはリフを一瞥した。
すると、その顔に朱が差している。
先刻のクレスのようだった。
明らかに、タガネに対して異様な反応を呈する。
「俺の姿で何をした?」
「……い、色仕掛けを」
「阿呆めが。効くわけねぇだろ」
「実際に有効でしたが」
「そういうのに疎くて動揺してただけだろ」
「いや、効いてますよ」
「おまえさん、人を見る目はないらしいな」
リクルを突き放した。
倒れたところへ、レインがその体の上に乗る。
リクルの擬態。
これを真っ先に解除させたのはレインだった。
寝起きでタガネが二人であることに動揺し、その片割れが偽物であると気づくや魔素を吸収して本性を暴いた。
それから。
レインは不機嫌である。
「ふゆかい、性悪」
「ご、ごめんね」
「きらきらのぴかぴか嫌い」
「きら、ぴか……?」
レインの尻に敷かれ。
クレスは地面に伏せていた。
「それで、リフについてだな」
タガネは二人から視線を外し。
リフの方へと体の前面を向けた。
「リフは敵ではない」
「その根拠は?」
クレスが空かさず問を投げる。
「根拠は、錆だ」
「錆?」
「リフが狩猟し、捌いた時点で毒性を持つ」
「ほう」
「体の各所に錆が湧き、体が動かなくなる」
タガネは自身の体を叩いた。
今はレインの処置により、どこにも無い。
ただ、錆の拘束力は強く、魔法による解除そのものが有効かも疑わしい。
「鬼仔に、そんな奴の肉を食わせると」
「同じ症状が起こる、か」
「たしかに病だな」
一泊したとき。
リフは角について、それを病だと明かした。
仔細は本人すら了解していない、周囲の口振りを信じての発言である。
それをタガネが聞いたとき、村八分と呼ばれる疎外かと思った。
たしかに、発症すれば動けない。
立派な病ではある。
老人にとって、それが懸念だった。
だから、まずリフの家に宿泊したかを迂遠な言い回しで確認した。次に、摂食した食物についてを探っている。
鬼仔の養分たりえるか。
それを見定めていたのだ。
「リフの存在は、鬼仔の養育を妨げる」
「だからリフは無関係と」
「だから適当に病だと遠ざけたんだろう」
従って。
「それを配慮する人間」
「ああ」
「あの老人が集落の管理責任者だな」
敵の頭目は。
あの老人なのだと推察した。




