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村では雪上に複数の影が立っていた。
斑に残る血痕。
それを輪になって見下ろしている。
「逃したんか」
そこへ、重い足を運ぶ老人。
自身の首筋を揉みながら、険しくしした面で血痕を検める。出血量からして、与えた傷は急所を捉えてはいないが浅くはない。
それに。
「錆も湧くだろう」
その言葉に影たちがうなずく。
老人は嘆息して、足元の雪を蹴る。
血痕が粉雪の中に隠れて、すぐに白い雪路へと戻った。
影たちもそれを真似て。
次々と雪によって血痕を消す。
「最近物騒だしな。噂も残らんようにせんと」
老人が東の山を一瞥する。
軽く手を上げると、集団の半数がそちらへ疾駆した。深雪の土地を、獣のような速度で移動していく。
もう半数へと振り向き。
「手負いの獣はあれで充分」
もう一方を指差した。
「あっちに二人いる。先に仕留めてこい」
指示を受けて。
影はなんの逡巡もなく飛び出した。
西側へ向かう背中を見送り、老人は禿げた頭をなでて細く息を吐く。
その額の一部が怪音を立てて隆起し、一対の鋭い尖端の角を形成した。
老人の全身に錆が現れる。
「あの子も年頃だしな」
剣呑な光を湛えた眼差しで。
老人はしずかに東側の景色を眺めた。
「しっかり栄養を取らにゃ」
口許には笑みを浮かべ。
唇の隙間からのぞいた鋭い牙を舌で舐めた。




