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【連載版】竜の器と囚われの贄姫 ~竜にされた家族を助けるため、貴族の家を飛び出し世界最強の男と傭兵になります~  作者: 神崎右京
第一章

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第8話 手のかかる婚約者① (Side:カルロ)

「アルヴィン?…………寝た、か……?」


 呼吸が穏やかになり、胸の上下が規則的になったのを確認して、俺はそっと展開していた魔法を霧散させた。

 この魔法――俺が編み出した中でも、断トツに複雑だ。脳は限界まで疲れ、すぐさま糖分を大量摂取したい衝動に駆られる。目頭を指で揉み、深いため息を吐いた。


「ったく……お前は昔から、本っ当に手のかかる()()()だな」


 完璧と言っていいほど整いすぎた寝顔を前に、心の底からぼやく。

 こんな面倒なこと――()()()()()と、()()()()()がなければ、当の昔に投げ出していただろう。


「さすがに腹も減ったし、飯でも食いに行くか」


 くぁ、と欠伸をかみ殺しながら、扉へと向かう。

 寝台ですやすやと眠る相棒は、俺が作った最高級の魔道具を無数に身に着けている。

 留守の間にどんな脅威が迫っても、髪の毛一筋ほどの傷もつけることは出来ないし、何かあればすぐに俺が察知できる。王族以上の厳戒態勢だ。放置しておいても大丈夫だろう。

 そう結論付けて、部屋の扉を開けた時――


「あらぁ。オヒメサマの具合はもういいのかしら?」

「――」


 横手から飛んできた茶色い声音に、俺は思わず眉を吊り上げる。

 案の定、そこには見知った長身の男――ダミアンが立っていた。


「何でてめぇがここに居る」

「やぁね。心配で見に来てあげたんでしょ。アタシのせいで具合が悪くなったんなら、申し訳ないし――」

「そう思うなら、なんで余計なことを言った?下手すりゃ”暗示”が解けることくらい、想像がつくだろう。()()()()()()白魔法だ」


 ドスの効いた声で呻くと、ダミアンは肩を竦めて非難を流した。


「それは謝るわ、ごめんなさい。魔導師は研究者だもの。かつて珍しい魔法をかけた研究対象に遭遇したら、興味が勝つのも仕方ないでしょう?でも悪いことしたって思ったから、こうして来たんじゃない。――必要なら、もう一度魔法をかけようと思って」


 悪びれないダミアンに、聞こえるように舌打ちをする。

 本当に、いけ好かない野郎だ。この男が国一番の白魔導師でなければ、死んでも借りなんか作らなかった。


「お前が刷り込んだ方法で、暗示はかけ直した。心配ない」

「本当に、あの()の一番好きな香りを魔法で再現したの?凄いわね、人間業じゃないわ」


 黒魔法は、全て計算の産物だ。

 炎を起こすなら、空気中の酸素と可燃物の化学反応を演算し、必要な温度を与えて火を生み出す。応用すれば、空気中の分子を動かし、必要な分子を集めて、特定の香りを作ることも理論上可能だ。

 しかし、単一の香りならまだしも、多数の品種のバラが咲き誇る庭園の香りを再現するには、膨大な演算量と緻密さが必要になる。この国じゃ、俺以外には出来ない芸当だろう。俺も、完成するまでは、流石に不可能かもしれないと、珍しく心が折れかけた。

 それでも、意地でやり遂げた。

 ――シャロンの心を守るために。


「アナタたちが帰った後、ギルドで聞いたわ。あの娘、本当にお兄様(アルヴィン)として振舞っているのね。どこからどう見ても、可愛らしい女の子なのに」


 揶揄する紫水晶の瞳に、イラっとする。

 本当に、どうしてこんな男に頼ったのか。過去の自分を呪いたい。


 一年前――シャロンが竜神教に誘拐され、妙な儀式に巻き込まれた事件。

 俺とアルヴィンは不在の間に起きた知らせを受け、必死に方々を駆け回った。あのときほど、生きた心地がしなかったことはない。


 やっと辿り着いた先で見たのは、祭壇に拘束されたシャロンと、今にもシャロンを取り込もうとする、召喚された巨大な”竜”。

 生物としての生存本能が、一瞬、俺の足を竦ませた。

 ”竜”の濁った瞳がシャロンを向いて怪しく光った――と思ったとき、動いたのは、隣にいたアルヴィンだった。

 白魔法で脚力を限界まで高めたアルヴィンは、瞬時に距離を詰め、最愛の妹を庇うように竜の前に飛び出した。


 アルヴィンは、儀式を受けていない。だが、奇跡的に身体が適合していたのか――そもそも、儀式など眉唾で、誰であっても適性があるものなのか。

 真実など知る由もないが、結果として竜の視線を真正面から受け止めたアルヴィンは、耳を塞ぎたくなるような絶叫を上げながら、身体を竜へと変貌させた。

 我に返って、古竜に思いつく限りの魔法を最高速で叩きこんだが、無意味だった。

 幼いころから隣にいた親友は、伝説上の竜の姿に変貌し――俺とシャロンを澄んだアイスブルーの瞳で一瞥した後、俺たちの呼びかけを無視して、北の山脈へと飛び立っていった。


 ――これが、あの日起きた、本当の出来事だった。


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