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【連載版】竜の器と囚われの贄姫 ~竜にされた家族を助けるため、貴族の家を飛び出し世界最強の男と傭兵になります~  作者: 神崎右京
第四章

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第40話 冬の休暇 (Side:カルロ)

 シャロンと初めて出逢ったときから、その美しさに捕らわれている自覚はある。ほとんど一目惚れだった。

 しかし、あの春の出逢いからもう五年――今も俺が、誰に対しても胸を張って絶対にシャロン以外と結婚するつもりがないと明言できるのは、外見に惚れているからだけではない。


 絶世の美少女を前に浮かれただけの浅い恋心が、一生をかけた本気の愛情に発展した瞬間は、明確に覚えている。

 ――たぶん、あの日だ。


 ◆◆◆


 確かあれは、シャロンと婚約して、初めて迎えた冬のことだった。 

 貴族の子息が多く通う学園は、社交シーズンに合わせて長期休暇に入る。それぞれ領地に戻るか、タウンハウスにやって来た家族と落ち合って社交をするか――アルヴィンは後者だった。

 だが、王都は危険が多いため、シャロンは毎年領地で留守番をしているという。

 アルヴィンは、せっかくの長期休暇にシャロンと過ごす時間が短いと文句を垂れて、最低限の社交の手伝いを終えたら両親を王都に残してすぐに領地に戻るつもりらしかった。

 俺にとっては幸運だった。口うるさい義兄の目をかいくぐって、シャロンと過ごせる貴重な期間だ。

 くれぐれもシャロンを口説いたりするなよと強烈な圧を掛けられながら、俺は浮き足立つ気持ちでフロスト領へと足を伸ばした。


 王都に比べれば温暖なフロスト領で、天使みたいに可愛いシャロンが迎えてくれた。

 最近、やっとアルヴィンなしでも話が出来るようになってきたのだ。焦っていいことは何もない。休暇中、俺はなるべくシャロンと一緒にいるようにした。


「だから、呼び捨てでいいって言ってるだろ」

「そんなっ……無理です……!男性を、呼び捨てに、だなんて――!」


 必死に拒否するシャロンも可愛くて、毎日は楽しく過ぎていった。

 もう二度と学園に戻りたくないなと思うくらいに充実した一週間が過ぎたころ、王都にいるアルヴィンから手紙が届いた。

 茶を飲んでいる最中にレイアが持ってきたそれを、目の前で読むよう促すと、シャロンは遠慮がちに封を開いた。


「ぇ――……」

「どうした?」


 手紙を読んだシャロンが驚きに声を失うのを見て、問いかける。

 シャロンはすぐに表情を取り繕い、顔を上げた。


「いえ……なんでも――」

「何でもないってことはないだろう。滞在中、お前の安全を任されてるんだ。何かあるなら共有してくれなきゃ困る」


 半ば強引に聞き出すと、シャロンは戸惑いながら重い口を開いた。


「その……領内の西はずれにある教会で、預けられている孤児たちを中心に催し物を開くことになったと知らせがあったので、領主一家として出向いてほしい、と……」

「はぁ?」


 俺は素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。


「なんだそりゃ」

「あ、その、こういうことはよくあることなのです。大抵、お母様かお兄様――難しければ、分家の中で血が近い者が出向くのですが……今は社交シーズンだから、どこの家の者もいないのでしょう。だから、領内にいる私が代わりに、と」

「はぁ……?」


 手紙を持ってきたレイアも、微かに眉根を寄せている。やはり不可解な申し出なのだろう。


「それ、本当にアルヴィンが言ってるのか?――俺の知ってるアルヴィンは、絶対にそんなこと言わなさそうなんだが」

「え……?お兄様は、孤児の皆にも優しい方ですよ。寒空の中催し物を開くのであれば、領主に連なる者として顔を見せて支援していると伝えたいと言うと思いますが――」


 きょとん、とするシャロンに半眼になって口を閉ざす。愛する妹の前では猫かぶりが堂に入っているようだ。

 確かに、アルヴィンは領主一家の務めとして赴くこともあるだろう。ああ見えて、貴族としての責務はしっかり果たそうとする男だ。

 だが――シャロンを向かわせるか、と言えば話は別だ。

 今、シャロンの血縁の殆どが、社交のために領地を離れて王都にいる。信頼できる人間が少ない今の時期に、公務とはいえ安全な屋敷からシャロンを出すことを、あの過保護な兄が良しとするだろうか――?


「お嬢様。私も、違和感を覚えます。孤児が催し物をするのであれば、フロスト家の方を招く必要があることは、教会もよく知っているはず。それなのに、開催日を敢えて領主様方が不在の社交シーズンにするのは不自然です」

「レイア……それは、私もそう思うのだけれど……」


 シャロンは困った顔で、封を切った封筒へと目を落とす。


「でも、筆跡はお兄様のものに思えるし……封蝋も、フロスト家が使うものなの。そう簡単に偽装できるとは思えなくて……」

「それは……」


 レイアもそれ以上は言い募れず、口を閉ざす。

 愁いを帯びた眼差しで手元へと視線を落とすシャロンは、息が止まるくらいに美しかった。


「もしも――もしも、本当に孤児の皆が催し物をしようとしていたとしたら……これまでは領主一家が足を運んでいたのに、今年は来てくれなかったとがっかりしてしまうのは、避けたいわ」

「ですが――」

「西の教会がある地域は、天候不順で不作が続いて、私たちも必死に支援をしたけれど、どうしても例年通りとはいかなくて……今年の冬は質素な食事で新年を迎えなければならないと思うの。もしかしたら、少しでも子供たちに贅沢をさせたいと思った教会が、新年を前に急遽企画したことかもしれないわ」

「お嬢様……」


 俺と二つしか違わないのに、随分としっかりしているな、と感心する。幼いながらも、自分の領地が今どういう状況なのかをしっかりと把握している。

 アルヴィンが、いつも口うるさくシャロンは優秀だと喧伝していたが、それは本当なんだろう。

 民のために心を砕こうとするその心根は、広大なフロスト領を治める領主の娘に相応しい。


「……ま、俺が護衛としてついていけば問題ないだろう」

「えっ……!」

「なんだ?そういう話じゃないのか?」


 驚いた顔をしたシャロンに、首をかしげる。当然、そういう流れになると思ったんだが。


「着いて来て……くださるのですか……?」

「俺は用心棒みたいなものだ、って言っただろ。もしここで付いて行かなかったら、後からアルヴィンが死ぬほど怖い」

「まぁ……ふふっ……」


 どうやら、冗談だと思われたようだ。小さく笑うシャロンは天使みたいで可愛いが、俺の脳内のアルヴィンは洒落にならない怖さで圧をかけてくる。

 知らないってことは、幸せなことだ。


 結局その日は、教会に向かう日取りを確認し、お開きになった。


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