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運命の卒業パーティー 4

 ミレイさまがうっすらと口端を上げたように見えた。


 しかしすぐに両手を胸の前で組み合わせ、目に涙を浮かべ、


「わたしは信じたくはありませんが、この令嬢が言うにはあの日地下室のそばでアデラインさまを見たらしいのです……! それを聞いたからこそ、わたしも思い出したんです。地下室に閉じ込められる瞬間、アデラインさまによく似た赤い髪の毛を見たことを……!

 いいえ、そんなはずないですよね? あのアデラインさまがそんなことをするはずがありません! 何かご事情があったんですよね、真実を教えてくださるだけでいいんです! わたしはアデラインさまを信じています……!」


 擁護する口ぶりだが、流れるようにアデラインさまが犯人だと意識に植えつけるような言い方だった。


(何がなんでもアデラインさまを犯人にするつもりなんだ……!)


 行方を見守っている誰もが、何が真実なんだと困惑の色を浮かべ、口々にささやき合っている。


 わたしは怒りで震えそうになるのを抑えながら、声を張り上げる。


「それは嘘です! あの日、地下室のそばでアデラインさまらしき人物を見たとおっしゃっていますが、アデラインさまの髪色によく似たカツラを被った令嬢の姿を見たという証言があります!」


 それは事件の証言者を探す過程でわかったことだ。


 教えてくれたのは、わたしと同じ第二学年でクラスメイトの男子生徒、分厚いレンズの眼鏡をかけているスミスさんだった。


『そういえばあの日、地下室の近くを通りかかったときに赤い髪の毛の令嬢がいたかな。どこか挙動不審な感じがして目で追っていたら、いきなり髪の毛をつかんだと思ったらカツラだったんだ。本当にびっくりしたよ』


 そう笑いながら教えてくれた情報は、わたしにとって願ってもない重大な証拠だった。さらに、必要ならば公の場で証言してもいいと言ってくれた。


「証言してくれた人は卒業生ではないのでこの場にはいませんが、これが事実ならば、赤い髪のカツラを被った誰かがアデラインさまを装ってミレイさまを地下室に閉じ込めたと考えられませんか! そしてその人物こそ、手紙でミレイさまを呼び出したと考えるのが筋が通っているのではないでしょうか!」


 わたしは必死で訴える。


 しかし、ベイジル王太子殿下はすぐさま反論する。


「そっちこそ嘘を言っているんじゃないのか! この場にいない者の証言など本当かどうか怪しいではないか!」

「いいえ、後日その人にきちんと証言してもらうこともできます!」

「証言だけならどうにでも操作できる!」


 わたしは息をすっと吸い込むと、ベイジル王太子殿下にまっすぐ視線を向ける。


(だったら、より確実な証拠を提示するまでだ!)


「──でしたら、ミレイさまが地下室に閉じ込められる出来事がある前に、輸入品を扱うとある商店で赤い髪のカツラを購入した人物がいたという証拠ならいかがですか?」


「な、なんだと──?」


 ベイジル王太子殿下は、わたしがここまで反論するとは思っていなかったのだろう、強気な姿勢に少し押された様子を見せる。


 その殿下の隣にいるミレイさまも、動揺したようにほんのわずか瞳を揺らしたかに見えた。


 わたしは声を張り上げて続ける。


「その商店に、顔を隠すように帽子を目深に被った若い女性が訪れ、店頭に並んでいる赤い髪のカツラを見て『これと同じ色で、もっと長い髪の毛のカツラはあるか?』と訊いたそうです。

 店主は『あいにく店頭にはないが、数日後に入港する船の積み荷の中にならある。前金を払えるなら予約できる』と伝えたところ、その女性はすぐさま前金を払い、予約台帳にサインを残しました。サインはおそらく偽名でしょうが、予約台帳に記入した際に残された指紋を照合すれば誰が購入したのか特定できます!」


 その”とある商店”とは、ここにいるアデラインさまの取り巻き令嬢のひとり、貿易が盛んな南部の伯爵令嬢の家門とつながりがある商店のひとつだった。


 伯爵令嬢からその話を教えてもらったのは、わたしが階段から落ちた数日後のこと。急ぎ、その予約台帳を確保してもらった。


 ベイジル王太子殿下は、ハッと小馬鹿にするように笑った。


「指紋? 何を言っているんだ。そんなものたしかめることなどできないだろう」


 殿下の言うとおり、指紋は一人ひとり異なり個人を識別できる特徴があることは王国内でも知られているが、それをたしかめる方法は確立されていない。


(でも──)


 わたしはゆっくりと首を横に振る。


「いいえ、我がヨーク男爵領にある患部の炎症を抑える薬草を使えば可能です! その薬草を搾って薄めた特殊な液を吹きかけ、熱を加えることで赤紫色に指紋が浮かび上がるのです。この方法をヨーク領が発見したのは偶然ですが、調べたところ東方の国でも同様の方法が普及しており、証明力のある証拠として扱われています! そして第三者立ち会いのもと、すでに予約台帳にあった指紋は採取しています。あとは──」


 そこで一度言葉を区切り、わたしはミレイさまや、アデラインさまによく似た赤い髪の毛を見たと証言した令嬢に視線を向ける。そのあとで再び、ベイジル王太子殿下に向き直る。


「赤い髪の毛のカツラを購入する可能性のある人の指紋と照合できれば、購入者がわかります!」


 わたしは会場に響き渡るくらい大きな声で訴えた。


 あたりはしんと静まり返る。


 ややあってから沈黙を破るように、ベイジル王太子殿下が声を荒げる。


「そんなもの信じられるか! そもそも我が国で扱っていないうえ、どこだかわからない男爵領が発見した方法など確実とは言えない!」


 すると、ミレイさまがふらりとよろめく。それをベイジル王太子殿下が素早く支える。


「ミレイ嬢!」


「……ベイジルさま。あんなにもリゼさんがアデラインさまを擁護する発言をされるなんて……。わたし、こんなにもアデラインさまに嫌われてしまっていたのですね……」


「ああ、こんなにもショックを受けて……、ミレイ嬢が気に()む必要はないんだ!」


「婚約者がいるとわかっていながら、身の程もわきまえずベイジルさまに惹かれてしまったわたしが悪いんです……っ。うぅ……っ」


「そんなことは……! 泣かないでくれ、ミレイ嬢……!」


 そう言って、ベイジル王太子殿下は寄りかかってくるミレイさまを優しく慰める。


 しかし、ミレイさまはふっと顔を上げると殿下の体からするりと手を離し、一直線にアデラインさまのほうへと駆け寄ってくる。


 胸の前で祈るように両手を組み合わせ、アデラインさまにずいっと身体を寄せると泣きじゃくりながら、

「はっきりと言ってください……! わたしのベイジルさまへのこの想いが、アデラインさまの気に障ってしまったんですよね……? せめて、面と向かってそう一言言ってくださったのなら、わたしだってどんなに苦しくても身を引く覚悟ができたのに……」

 と、まるで何かに取り憑かれているように自らの主張をまくし立て、ずるずるとその場にへたり込んでしまう。


 広間にはミレイさまの悲痛な泣き声だけが響き渡る。


(いったいどういうこと……?)


 わたしはミレイさまの意図がわからず混乱する。


 視線を向けると、アデラインさまも同じく混乱しているようだった。

 しかし泣きながらへたりこんでいる目の前の相手を放っておくこともできず、アデラインさまは戸惑いながらも少し屈むと、扇子を持っていないほうの手を差し出す。


「ミレイ嬢、落ち着いてください。わたくしが言いたいのはそういうことではなく……」


「すべてわたしが悪いんです……! そこまで追い詰めてしまったのはわたしのせいですよね……? だから憎まれても仕方ないとわかっています。ですから──」


 そのとき突然、ガシャーンッ‼︎ と広間の後方で何かが割れる大きな音がした。


「な、何!」

「どうしたの⁉︎」

 と驚く声とともに、一斉に音がした後ろのほうに人々の視線が向けられる。


 わたしの注意もそちらに向く。どうやら生花が飾られていた花瓶のひとつが倒れて割れたようだった。


 ハッとして視線を戻すと、ミレイさまと視線がぶつかる。ミレイさまが不敵に微笑んでいた。背筋がぞっとするような笑みだった。


 ミレイさまは差し出されていたアデラインさまの手を素早くつかむと、何かをつぶやいた。


「悪役令嬢のくせに、ちゃんと役割を果たしなさいよ──」


 そう聞こえた気がした。


 アデラインさまが息を呑み、大きく目を見開く。


 ミレイさまのドレスの袖口から覗く何かが、鋭くキラリと光る。


 ──小型のナイフだった。


(なんで、そんなもの──)


 ミレイさまはつかんでいる手を引っ張り、アデラインさまを強引に自分のほうに引き寄せる。


 アデラインさまの体が傾き、ミレイさまの体にのしかかるように倒れていく。


 ナイフの先端は、なぜかミレイさま自身の体に向いていた。


(まさか──)


 予測される最悪の状況が頭の中で広がる。


 ──血を流すミレイさま。


 ──床に落ちている鮮血がついたナイフ。


 ──そしてミレイさまに襲いかかったように見えるのは、直前までミレイさまが泣きながら接していた相手のアデラインさま……。


(また、無実の罪を着せようとしてる──!)


 考えるよりも前に、わたしの体が動く。


 ナイフに手を伸ばし、つかもうとする。


 しかし、次の瞬間──。



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