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王子さまと恋に落ちるのは女の子の憧れで……? 2

 それから、わたしとレイはふたり並んで歩く。


 手でもつなぐ? って言いたかったけど、顔をしかめられるのが容易に想像できたのでやめておく。


(でも急に送ってやるだなんて、どうしたんだろ?)


 こんなことは初めてだった。


 それがレイの気まぐれであっても、一緒に並んで歩くのがうれしいわたしはあえて理由は尋ねなかった。


「それで? なんで最近、昼間は図書館にいないんだ?」


 しばらく歩いたところで、レイがわたしを見上げて言った。


(あ、もしかして、心配してくれてたのかな?)


 わたしはもっとうれしくなる。


「何、笑ってるんだよ」

 レイが顔をしかめる。


(せっかく整った顔をしてるのにもったいない。もっと笑えばいいのになぁ)


 でも口に出すといやがられるので、心の中だけに留めておく。


「ちょっと前に仲良くなった人がいて、その人と一緒にいることが多いからなかなか行けないんだ」


 本当は”友達”って言いたいけど、もしアデラインさまに違うと言われてしまったら泣いてしまいそうだから控えておく。


 アデラインさまとの作戦会議は学院が休みの日、わたしが図書館での仕事を終えた午後に集中して行うことになっているが、それでも都度細かな情報交換などが必要になる。そのため気になったことがあれば休日を待たず、学院に登校した日の昼休憩中にアデラインさまがいる別室を訪ねることにしていた。アデラインさま側でも、本来部外者になるわたしが出入りしても問題ないよう取り計らってくれている。


「仲良くなった人? 誰だ、それ」


 レイが鋭い視線でわたしに尋ねる。


(なんだろ、自分には友達がいないから、すねてるのかな?)


 わたしは首を傾げてレイを見つめるが、

「ひとまず卒業パーティーまでだから」

 無意識にそう言ったあとで、チクリと胸が痛む。


(そうだった。卒業パーティーが終われば、もうアデラインさまとの関係も終わりなんだ……)


 相手は高位貴族の侯爵令嬢。学院を卒業してしまえば接点もないうえ、仮にどこかですれ違うことがあったとしても、わたしから気軽に声をかけられるような方ではない。


(そうだよね、今こうして仲良くしてもらえてるのだって、奇跡みたいなもんだもんね……)


 たとえそれが、アデラインさまにとっては断罪される未来を回避するための一時的な関係であっても、すでにわたしはアデラインさまというひとりの人間との関係をとても大事に思っていることに気づかされる。


「卒業パーティーまで? どういうことだ?」


 レイが引っかかるように訊き返す。


(あ! それを言っちゃうと、アデラインさまのことも説明しなきゃいけなくなるのか!)


 わたしははっと気づくが、すでに遅かった。


 レイは足を止め、ぐいぐいとわたしに詰め寄る。


 それをわたしは手に持っているカバンを掲げて制止しながら、

「あの、えーっと、それはですね、なんと言いますか……」


「言え、諦めろ。またそれを人質に取られたいのか」


 レイは脅迫するように鋭い声で言うとさっと目を走らせ、わたしが手にしているチョコレートが入った小箱を狙う。


 慌てて小箱を背後に隠すが、こうなったレイを回避できるすべはない。


 諦めたわたしは最小限の情報だけに留めるよう注意しながら、少し前に仲良くなった令嬢のアデラインさまが嫌がらせを受けていて、このままでは卒業パーティーで身に覚えのないことで非難されるかもしれない、だからそうならないよう回避する手助けをしている、そう説明した。


 ひとしきり聞き終わったレイは、

「ふーん、それでお人好しの慈善事業を開始したってわけか」

 呆れたようにつぶやき、再び歩き出す。


 その横に並びながらわたしは、むっとして言い返す。


「お人好しって……、せめて人助けって言ってくれない?」


 しかしレイはますます呆れた様子で、


「お人好しだろ? お前実家のヨーク男爵家のことだって大変なのに、他人であるそのアデラインっていう令嬢のことどころじゃないだろ?」


 痛いところを突かれて、わたしはぐっと言葉に詰まる。


 先日王都に出てきていた兄との会話が思い起こされる。


『大丈夫だ、任せとけ。領地は絶対に守るから』


 その言葉が胸に迫る。遠縁の家門を訪ねて回ったと言っていたが、支援してもらうのは厳しいだろうということはわたしにもわかる。


「わかってるよ……」


 わたしは力なくつぶやく。自分のことだって何ひとつ解決していないのに、他の人のことなんてって自分でもそう思う。でもだからといって、あんなに勇気を振り絞って秘密を打ち明けて頼ってくれたアデラインさまを見捨てることもできない。


(それに……)


 わたしは石畳に転がっていた小石を軽く蹴り上げる。小石はコロコロと通りの向こう側に転がる。


「アデラインさまが”悪役令嬢”だなんて……、あんなに素敵な方なのに、間違ってる……」


 思わず漏れた言葉に、わたしはハッと口をつぐむが、


「悪役令嬢? なんだそれ」


 レイが素早く訊き返す。


 アデラインさまが前世の記憶を持っていること、”悪役令嬢”にされて断罪されることまではレイには伝えていない。


「あー、えーっと、なんでもない!」


 わたしは首をブンブンと横に振る。こればっかりはレイにも言えない。わたしは苦しまぎれに、


「えっと、あ、そうそう! アデラインさまに貸してもらった恋愛小説の話!」


「なんだそれ? なんて本だ?」


 レイはしかめ面で矢継ぎ早に訊いてくる。


(え、予想外の反応なんですけど──⁉︎)


 まさか深掘りされるとは思っていなかったわたしは視線をさまよわせ、「あー、な、なんだったかな〜?」と忘れたふりをする。


 目を細めてこちらを見てくるレイの視線が痛い。完全に嘘がばれている。


 それでもわたしは口を割るわけにはいかない。だから必死に、


「わたしもまだ読み始めたばっかりで、えーっと、王子さまと恋に落ちるのが”ヒロイン”で、それを邪魔するのが”悪役令嬢”、みたいな話かなぁ?」


 適当に説明するが、レイはうさんくさそうな表情で、

「……それのどこが面白いんだ?」


 わたしは、あはは……、とから笑いするしかない。


(わたしにだって、わからないよ!)


 そう思ったが、面白くもない恋愛小説を借りたのかと追求されても困るので半ば強引に、

「いや! ほら! そもそも王子さまと恋に落ちるのは女の子の憧れで! ね!」

 しどろもどろで答える。


(我ながら苦しい言い訳……)


 レイは絶対に呆れ果てた目で見てくると思っていたのだが──。


「……リゼは? その”ヒロイン”に憧れるのか?」


 なぜかやけに真剣な表情で尋ねてくる。


 またもや予想外の反応に、わたしはより一層困ってしまう。


「へ? え、えーっと、まぁ、そういうことになる、のかな?」


(憧れなんてみじんもないけど。そもそも、わたしが今対峙しているミレイさまという”ヒロイン”は、ものすごく腹黒そうだけどね、ははは……)


 わたしは遠い目をする。

 なんだかどんどん墓穴を掘っている気がする。


「ふーん」


 レイは興味あるのかないのか、よくわからない返事をする。


 そのとき、ちょうど下宿先に到着する。


 助かったと思いながら、

「あ、レイ、着いたみたい、ありがとう!」

 無理やり話題を切り上げるように、わたしは力強く言った。


 レイはふと顔を上げると、

「ああ、じゃあな」

 そう言って、立ち去ろうとする。


 わたしは慌てて、「え、わたし送るよ、これからもっと暗くなっちゃうから。レイの家、教えてもらってもいい?」


 一応レイの好意を無駄にしないために下宿までふたりで来たが、そのあとレイをひとりで帰らせるのは心配だったので、自宅へ送り届けるつもりでいた。


「いい、連れがいる」


 レイがさっと通りの向こう側に視線を走らせる。


 その視線のあとを追うと、建物の向こう側からこちらを注視する黒いマント姿の人影が見えた。身長や体格から察するに男性だろう。


「あ、そっか……」


 そう言ったものの、わたしはちょっと驚く。


 ずっと図書館からあとをつけてきていたのだろうか。全然気づかなかった。


(そうだよね、普通レイのような子どもをひとりで出歩かせたりしないよね……)


 わたしは納得するように頷く。


 図書館で会うレイはいつもひとりだったので連れがいるという認識はなかった。でも改めて考えると、それなりの家門の子息であれば使用人などを連れているのが普通だ。


 これまではレイの事情についてあまり深く考えないようにしていたが、その日初めて、わたしは自分とレイとの間にある壁のようなものを感じた。




         ***


「──おい」


 リゼを下宿先に送り届けたあと、少し離れた位置に来てから俺は小さくつぶやく。


 すぐさま背後に馴染みの気配がぴたりと寄り添う。


「──お呼びですか」


 黒いマントに身を包む茶髪の若い男がやや腰を屈めて答える。


 俺はそのまま振り返ることなく、

「決めた」

 とだけ伝える。


 相手がわずかに目を見開く気配がする。


「本気ですか?」


 俺が口に出す以上、決定事項であることは知っているはずだが、相手は訊き返す。


「ああ、本気だ」


 ニヤリと笑って見せる。


「しかし、そんなことをすれば権利を剥奪されますよ」


 計画の一端を担っているはずの男は、俺が本当に最後まで実行するとは思っていなかったのか、驚きをにじませる。


「ああ、その予定だ」

 俺ははっきりと告げる。


 相手は呆れにも似たため息を漏らし、

「はぁ、もう決めたんですね? あれほどいやがっていたのは、どこの誰だったんだか……」

 小言を言い始める。


「うるさいぞ」


 俺はわずかに視線を後ろにやり、にらみつける。


「わかりましたよ」


 相手は軽く肩をすくめる。


 俺はすっと目を細めて、

「それと、そろそろキツネ狩りも行う。最後の準備を進めておけ」


「──承知しました」


 相手はすぐさま右手を胸に当て、(こうべ)を垂れた。



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