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女神様が喚んでいるっ!  作者: 天川守
第2章『出会い』
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第18話『前途多難』

「カシスにはあんな風に説明したけど、実際のところどうするの? 魔法って、暦の知識にあったゲームの中にあったやつだよね?」

「……ああ、いや、まったくのノープランではないんだけどな」

「もうっ、あの人だから良かったけどエレインなら気付いてたよ。凄く聡い子だから、気を付けてよね」


 セレナの言い分に暦は笑って誤魔化す。

 カシスには自信満々に断言したが、実体としては割と適当なことを言ったのも間違いなのである。

 セレナの言っていることは正論であるとしか言いようがない。

 1つだけ訂正することがあるとすれば、カシスも気付いていたが見逃してくれた、ということだろうか。

 暦の能力だけでなく、将来性に期待してくれたからこその追認に近かった。

 情と理を天秤に並べて、情を優先してくれる性質だからこそ助かったというべきだろう。


「わかってる。無策じゃないんだし、許してくれ」

「でも、私が言わないと誰も言ってくれないでしょう? 口うるさく思うかもしれないけど、2人共が自分達は完璧、なんて思っているのは怖いから出来ないよ」

「セレナはそのままでいいよ。俺だって、所詮は学生の考えたアイデアだって自戒してるさ。警告してくれるのは有り難いから問題ないけどさ」

「それならいいけど。暦、勢いだけで計画を進めることがあるから……」


 出会って半年にもなっていないのに的確な評論は深く繋がった故の恩恵であり、弊害とも言えるものだった。

 暦もセレナならば、この場面でこう言うのだろう、ということがわかってしまうのだ。

 なんともやり易く、同時にやり難い状況に苦笑しか浮かばない。


「基本は契約者の劣化版を考えている。そのためにも、自分の力から把握しないとな」

「特化性を抑えて、誰でも使えるようにする、だよね。技術の基本だけど、相応に難易度は高いよ」

「やる価値はあるだろう? まあ、カシスさんに失望されない程度には頑張るさ。俺にも意地があるからな」


 詠唱によって魂から力を引き出す。

 この原理が契約者の在り方だとするならば、応用は可能なはずなのだ。

 問題は出力であり、そういった部分をなんとかするには試行錯誤が必要だった。

 頭の中で理論を作っているだけでは辿り着けない。

 

「まずは、第1段階。俺が他の属性も使えるようにならないとな」

「私も出来る限りは協力するから。だから、無理はしないでね?」


 全幅の信頼をおけるこの世界で唯一の存在。

 暦としても単純だが、隣にこの女神がいると負ける気がしない。 

 自分を信じてくれる美女、というものが齎すモチベーションに彼自身も結構驚いていた。


「ありがたい。――ああ、やってみせるさ。チャンレンジは、意外と嫌いじゃなかったみたいだしな」


 故郷から強制的に拉致されて、表面だけ見れば不幸なことが多いだろう。

 絶滅戦争に巻き込まれた上に、周囲からは警戒される。

 文句を言いたくなるところもあったが、とりあえずは楽しくやれそうだった。

 元の世界よりも活力を感じさせる自分に苦笑してしまう。

 これからの日々へ向けて期待感は高まっており、かつてないほどにやる気で満ち溢れている。

 

「……能力云々よりも、結局は気持ちの持ちようか」

「暦?」

「いや――なんでもないさ。ああ、なんでも、ないんだよ」


 不思議そうにこちらを見つめるセレナを笑って誤魔化す。

 一瞬宿った郷愁を振り払い、夢という幻想を追いかける。

 決して、君を裏切らない。

 ヒーローになりたいと幼き頃に思い、チャンスが巡ってきた。

 だから、今だけはそう在りたいと自分に強く念じるのであった。






 暦が考えていたプランはそれほど複雑なものではない。

 契約者は神と契約を交わすことで、その神の影響を受けた上で、何かしらの特殊な力を発現する。

 これに一切の例外はなく全ての人間が発現に成功していた。

 逆を言えば、大なり小なり人間というものは神の力に対して適性がある、ということになる。

 神がどのような基準で選んでいるのはわからないが、過去に契約に失敗したものがいないということはそのように考えても問題はないのだろう。

 出力の問題など、諸々の問題がない訳ではないが簡易的な契約ならば人間でも使用可能だと判断したのは間違ってはいなかった。

 暦に誤算があるとすれば、それは自分の強さについて無頓着だったことだろう。


「……なんじゃ、これ」

「あなたがやったんでしょう? 私の言った通り、演習場を借りて正解だったでしょう?」


 魔法を作り出す。

 そのために行動を開始することに否はなく、新しく開花した力『光輝・真理の瞳』の試運転も兼ねて契約に干渉しようとした。

 やろうとしたことはそれだけなのだが、止めに入った存在がいた。

 彼の女神、セレナである。

 曰く、自室でやってどうするつもりだ。

 暦の足りない部分を補うと言った女神は見事、男の不注意というか、認識違いを止めるに至っていた。


「……えー、マジでか。……こんな風に、なるの?」

「マジです。純粋なエネルギーになった神の力、暫定的にですが『神力』とでも呼びましょうか。これは人間ではまとも扱えないですよ。契約者でも、この有り様なんですから」


 暦の眼前には立派なクレーターが出来ていた。

 制御に失敗した力が純粋なエネルギーとして放たれた結果がこれである。

 

「暦の推論は間違ってないです。でも、心配すべきは出力不足ではなく、出力過多です。人という器に適した形に変えているんです。順序が逆ですよ」

「……そうだな。見ればわかる。……そうか、そういうことなのか」


 全ての神が持つ力――神として存在している力を『神力』と仮定した場合、契約者の力の発動の仕方は要約すれば以下のようになる。

 神と契約した最初の段階に契約者は専用の改造が施されるのだ。

 結果として、膨大なエネルギーを受け止めることができ、おまけに個人ごとに設定されたフィルターで個別の結果が出るようになっている。

 暦はこのフィルター部分で対処しようとしたのだが、前提が間違っているとセレナによって諭されたのだ。


「つまり、注ぐ水をどうにかする必要があるのか……」

「方向性は間違っていないと思いますよ。とりあえずは、契約者の能力を劣化したもので用意するのが良いと思います。いきなり、力の根本から操るのは難しいです」

「正論だな。よし、じゃあ、俺と……カシスさんの能力がサンプルになるのか……?」


 自分の能力を劣化させることは特に問題はない。

 非常に地味であるが、重要な能力ではあるのだ。

 問題は、カシスの能力であった。

 剣呑すぎて、劣化させても使い道が今一見つからない。

 暦が使うには問題ないが、一般的に流してよいかは疑問だろう。


「……あれだな。基本は俺のパワーアップ程度に考えよう」

「そもそも、無秩序に拡散するには私たちの力は強大に過ぎますよ。底上げという発想は悪くないですから、細心の注意を払いましょうね」

「はい……」


 年下の子どもを諭すような言い方になんとも言えない気分になるが、ここで反論する方がさらに惨めになりそうなので、言葉を飲み込む。

 セレナに悪意など微塵もないのはわかっているが、良いところを見せたいのが男心というものだった。

 今のところ、あまり良い部分を見せれていないことも相まって余計にそう思う。


「ま、まだ挽回は出来るはずだっ」

「暦? 遊んでいないで早く解析を始めましょう」

「お、おう……。し、締まらないなぁ……」


 お母さん気質を垣間見せる相棒に頭が上がらない自分を自覚するも、何処か懐かしい気分に何も言えなくなる。

 セレナが謝ろうとしていたことの、本当に謝りたかった部分は此処にあるのだろう。

 ふとした時に感じる郷愁を胸に秘めて、前を見つめる。

 隠し通すことが出来ていると信じている少年を見つめて、申し訳なさそうにしている女神に彼はまだ気を配ることが出来ていなかった。

 まだまだ繋がりの弱い2人。

 しかし、それはまだまだ絆を紡ぐ余地があるということでもあった。

 先は長く遠いかもしれないが、歩み続ければ必ずゴールは見えてくる。

 世界を震撼させるには程遠い、小さな絆が西方で育まれていく。

 苦難の第1歩、暦が世界に残す足跡は既に頭を覗かせていた。






 王都。

 聖王国の中心たるこの場所で、世界最強の女性が大きな溜息を吐く。


「はぁぁ……。カシスの行動には何かしらの意味があるのでしょうけど、問題はあちらの方かしら」


 王宮の片隅、彼女に与えられた一室でエレインは最近、頭痛の種になっている存在について思考を巡らせていた。

 外からやって来て世界を掻き乱すだけ掻き乱している存在。

 暦とセレナのペアに保守的な彼女は悩んでいるのだ。


「排除、といってもそんな過激なことをするほどでもないし。本当に困ったものです」


 仮に彼女が独裁的な人物ならば、この国はもう少しは纏まっていただろう。

 現実にはそうなっていない故に所詮は可能性の話でしかないのだが、暦にとってはプラスに働いていた。

 エレインは決断した後の行動に容赦がないのであり、基本的に穏やかであり、過激な手段を取るようなことは早々にはない。

 彼女をわざわざ怒らそう、とでも考えない限りは危険はないのだ。

 慈悲深く、同時に寛容。

 大人物の大人物たる由縁を保持しているがゆえに、彼女は優れている。

 暦のちょっとした反抗などは大目に見る懐の深さがあった。

 彼女としても、監視や行動の制限は必要があったから行ったが、相手が窮屈に思うのも理解していたのだ。

 誰であろうとも、自分の行動を制限されるのを好む者はいないだろう。

 特殊な例外も、それが自分の望む行動であるから受け入れているのであり、それが望まぬ強制ならば反抗するのは目に見えていた。


「カシスに、暦さん、でしたか……。変な反応でも見せないといいのですが」


 彼女の危惧がこの時点で的中しているとは、神に限りなく近い彼女でも夢にも思わない。

 死の力と真理を解き明かす知恵の融合。

 戦闘系の能力と非戦闘系の能力という奇跡の噛み合せを見せた彼らが大暴れして、彼女の胃に多大なダメージを齎すのはまだ先の話である。

 今はまだ、喫緊の課題に頭を悩ますだけの余裕があった。


「結界の対策。強化、カールへの餌……後は南部の維持。肝心な部分が進みませんね」

「人手不足は、あんたが1人で仕事を進めるのが最大の原因だと思うんだけど、その辺りはどうなんだい?」

 

 唐突に部屋に響く声。

 先ほどまで1人しかいなかった空間に他者の存在が割り込んでくる。

 普通は驚きの1つでも見せるはずなのだが、彼女は僅かに眉を動かして、再び大きな溜息を吐いた。


「道理ではありますが、あなたたちに何処まで任せるかの判断が難しいのですよ。此処は聖王国です。なんと言われようが、それは譲れません」

「ま、それも道理だね。私たちは結局のところ外様だよ。身内ではない以上は、信じられないというのは至極真っ当な判断さ」


 エレインの正面に徐々に霧のようなものが集まる。

 分散した力の一端、病という概念は風に乗り、多くの人の下へとやってきた。

 彼女は生き物にとって天敵となりうる概念を持つ存在。

 エレインすらも仕留める可能性を持つ聖王国に存在している特大の爆弾だった。


「イザベル。便利な力なのはわかりますが、マナーを考えなさい。友人の間柄にも一定の敬意は必要不可欠ですよ」

「相変わらず堅いねー。ま、友人として、働きすぎのあんたに朗報でも届けようと思ってきたんだけどね」

「朗報ですか? それよりも友人と名乗るならば、私の手伝いをしてほしいところなんですけどね」

「言いたいことはわかるけど、今はダメだよ。あんたが正気かどうかは外からじゃないとわからないからね」


 笑顔で正気を失えば殺すかもしれない、と正面の人物に伝える。

 国を背負い、神へと近づく。

 エレインに変化が訪れない、というのは楽観的に過ぎるとイザベルは考えていた。

 彼女なりの友情が、今の関係なのだ。


「はぁ……もう、あなたは頑固ね。……ありがとう」


 苦笑と共に、友人の気遣いに礼を述べる。

 つまり、客観的に見て自分は正常だとイザベルは教えてくれているのだ。

 やってくれていることはとてもありがたい。

 自分はしっかりとやれていると信じられるのは、目の前の親友がいてくれるからなのは疑う余地すらも存在しなかった。

 

「それで、朗報って何かしら? 出来れば、胃に優しい内容だと良いんだけど」

「あなたが悩んでいる片割れ、しばらくあっちで修行みたいよ。能力は、解析系。あなたと似てるわね」


 似ている、という単語に一瞬だけ眉を顰めて、エレインは大きな溜息を吐いた。


「……そう。なるほど、あなたは見極めろというのね」

「何も言ってないと思うんだけど?」

「わかって言っているのは性質が悪いですよ。まったく、どうしてこんなに捻くれてしまったのか」

「そっちに合わせているだけさ」


 ニヤニヤとした笑顔の裏で、イザベルはエレインを見通そうとしている。

 出会いからこれまで、彼女たちの関係はいつもこのように一定の緊張感を保っていた。


「……私もあまり抱え込む余裕はない、ということですか」

「任せることも覚えるんだね。これからは、事態が急激に動くかもしれないんだ。結局、あんた1人じゃ出来ないこともあるってことだよ」

「認めるのは非常に癪ですが……仕方ありませんか」


 エレインは再度、大きな溜息を吐く。

 彼女の友人が言うことは毎度、正論であり痛いところばかりを突くものだった。

 今回のこともいろいろと言っているが、エレインを想って提案してくれていることくらいは悟っている。


「じゃ、そういうことで。その内、私も向こうに顔出すつもりだからよろしくね」

「ありがとうございます。……今度はきちんと正面から来てくださいね」

「はいはい。それじゃあ、後は頼んだよ」

「ええ、今度はしっかりと歓待させていただきますよ。貴重な情報、ありがとうございました」


 ひらひらと手を振る友人を見送り、エレインは机の中から1冊の本を取り出す。


「さて、何を考えているのか。私と同じなら、嬉しいんですけどね」


 エレインの手で纏めた資料。

 彼女が魔獣について調べた全てがそこには詰まっている。

 暦の行動はまだ小さいが、人の世界には影響を与えていた。

 小さな波紋が共鳴により、大きな流れを生み出す。

 1度動き出したものは、破壊されるか同等のエネルギーで押し留められるまで決して止まらない。

 500年の沈黙は破られ、雌伏していた超越者たちが動き出す。

 此処に、魔獣との戦争の第2幕が切って落とされたのであった。


第2章、これにて終了です。

次は3章をお待ちくださいませ。

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