第94話 ナツの行方
(俺だってやれば出来るんだ!)
リョウガが村を去った後、ナツは手作りの槍を手に村を飛び出していた。リョウガに言われたことがナツの心に何かしらの変化を生んだのかもしれない。
夜道を走るナツ。そのたびに腰に吊るされた瓶の中身がポチャポチャと揺れていた。
ナツはラミアの塒を目指していた。ラミアが塒にしている洞窟は大人たちの話を盗み聞きしていた為に知っていた。
洞窟は山の中にある。既に日は落ちあたりは真っ暗だ。月明かりだけが唯一の光源だった。これと言った道もなく枝葉にぶつかりながらもナツは突き進む。
暗いとは言えナツにとっては馴染み深い山だ。道のりはある程度つかめている。
「ラミアなんか怖くないぞ」
そう自身を鼓舞しながらナツは洞窟に辿り着いた。ここからが本番だと言わんばかりにナツは気を引き締めた。洞窟の中に足を踏み入れ息を殺して奥へと進んでいく。
洞窟の構造は単純だった。一本道であり末広がりになった先はちょっとした広間のようになっていた。
洞窟内部ではナツが身を隠せそうな岩も点在していた。岩を上手く利用しながら少しずつ奥へと進んでいく。
「いた!」
ナツが小さく声を上げた。視線の先にはラミアがいた。本来の姿を維持しており長大な尻尾はとぐろを巻いていてその上にラミアが体を預けていた。
(よし! 寝てる!)
夜道を走ってきた影響で暗闇に目が慣れたこともあり、ナツには就寝中のラミアが確認できた。洞窟内に光が届かないのも幸いした。ラミアはナツの存在に気づいていなかった。
幾ら凶暴な魔獣でも寝ていれば隙が出来る。ナツはそこを狙うつもりだった。
そして今こそラミアが寝ている絶好の機会と見てナツは手にしていた槍を構えラミアに向けて駆け出した。
「うおおおおー! 喰らえ!」
そして渾身の力を込めて槍を構え突撃した。狙いは違わず槍はラミアの胴体に命中した。
だが――所詮は子どもの力だ。ラミアの肉体に傷一つ付くことはなく、しかもラミアがパチリと目を覚ましてしまった。
「これは驚いたねぇ」
ラミアが目をパチクリさせてナツを見た。まさか寝込みをこんな子どもに狙われるとは思っていなかったのだろう。
意外そうな顔を見せてはいたが、それも僅かな間でありすぐに喜色を顕にした。
「そんな武器を持ってくるぐらいだから村が寄越した生贄ってわけじゃなさそうだねぇ」
「そ、そうだ! 俺はお前を倒しに来たんだ! なのになんで笑ってんだよ!」
「そりゃそうさ。のこのこと餌が飛び込んできたんだからね。しかもお前は勝手にやってきたんだから生贄とは関係ない。ま、お前みたいなチビじゃ食いごたえはなさそうだけどねぇ」
そう言って舌なめずりをするラミア。その姿を見てナツの体がブルリと震えた。
「だ、だまって食べられてたまるか!」
「そうかい。なら精々抵抗してみるんだねぇ」
強がるナツを嘲笑いラミアが手を伸ばす。するとナツは懐から卵を一つ取り出し、それをラミアの顔面にぶつけた。
「うん? なんだい、これ、ぎ、ぎゃあああああ! 目がァ! 目がァ染みるぅうう!」
ラミアが両手で目を覆い狂ったように叫んだ。卵は中身だけが詰め替えられておりそこには天然の香辛料が詰められていた。刺激が強く目によく染みるタイプである。相手が子どもと油断したラミアはまともにこれを喰らってしまったのである。
「どうだ! 参ったか!」
「こ、こんな物でェ! この程度でェ! 私を倒せるとでも思ったのかァ!」
「ヤバッ!」
ラミアが暴れ出しナツは思わず近くの岩に身を潜めた。だがラミアの尻尾があたり岩が簡単に砕けてしまう。
「な、なんだよこれ!」
あまりの威力に青ざめナツは急いで離れようとしたが尻尾がナツの横の地面を叩きつけその衝撃でナツは吹き飛ばされてしまう。
「うわあぁあぁあ!」
ゴロゴロと地面を転げるナツ。全身に擦り傷が刻まれたが、このままじゃまずいとなんとか起き上がった。
「矮小な人間の分際でよくもやってくれたねぇ」
しかし、視力が戻ったラミアが既にナツの正面を陣取っていた。その迫力にナツも言葉を失う。まさにヘビに睨まれたカエル状態であった。
「遊びは終わりだよ。このまま踊り食いにしてやる!」
そう言ってラミアが手を伸ばした。ナツは身動き一つ取れず身を委ねることしかできなかった――が、その時一つの影が飛び込んできてナツを抱きしめラミアの魔手から彼を救った。
「誰だい! 邪魔するのは!」
「私よ。あんたと決着をつけに来た!」
ラミアが問うとナツを抱きかかえたままマリスが叫びラミアの前に立ちはだかったのだった――




