第85話 ナツの謝罪?
「さっきの子だよね。入れていいよねリョウガ?」
「……まぁいいんじゃないか」
俺が答えるとマリスがドアを開けてナツを部屋に招き入れた。ナツは手にコップを持っている。
「ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん。それにさっきはごめんなさい」
「いいよ。事情は聞いたしもう気にしてないからね」
ペコリと頭を下げるナツに寛大な態度を示すマリス。ナツの方も一見すると殊勝な態度に思える。
「ありがとう。それで俺、二人に飲んでもらいたくてこれ作ってきたんだ」
ナツは持ってきていたコップを差し出してきた。中はオレンジ色の液体で満たされている。
「これは?」
「村で採れた実を絞って作ったジュースだよ。喉乾いたかなって」
「飲んでいいの? やった♪」
ナツからコップを受け取りマリスがガブガブと飲み干した。俺はすぐに異変に気がついたから口にしてないが、まぁ、そこまで問題あるものじゃない。
もっともだからといって見過ごせるものでもないか。
「ピギィ!?」
そう考えた直後、マリスが奇妙な悲鳴を上げて立ったまま痙攣した。電撃でも受けたかのようなショックを感じたようだな。
「へへん引っかかった! どうだ俺の特性シビビジュースは!」
得意がるナツ。俺はその首に手刀を当てた。
「う、うわぁああぁあああ!」
ナツが声を上げ足を滑らせて転倒した。地面に尻を付けた状態のナツを俺は見下ろす。
「なな、なにすんだよ!」
ナツが叫んだ。俺は手刀を当てただけだがきっとナツは刃物を当てられたように思えたことだろう。
「それはこっちのセリフだ。飲み物に毒を入れるぐらいだ。死ぬ覚悟ぐらいは出来てるんだろう?」
「ヒッ!」
俺の言葉にナツが短く悲鳴を上げた。ちょっと殺気を込めただけだが子どもが恐れるには十分だったか。
「ま、待って待って! リョウガやりすぎだって。それに毒って確かにビビって来たけど!」
マリスが割って入った。毒を呑んだ本人だというのに相手を庇うとは甘いものだな。
「確かに毒と言っても死ぬような物じゃない。強いショックを与えて一瞬怯ませる程度の物だろう。だがそれでも毒は毒だ。相手次第では殺されたっておかしくない」
「でも、流石に殺すのは駄目だよ」
マリスが俺を宥めてきた。別に俺も本気で殺そうと思ったわけじゃない。暗殺者としてなら間違いなく殺っていたが今は冒険者だからな。だが、ケジメはつけておく必要がある。
「グッ、黙れよ! お前ら冒険者なんて碌でもない連中の癖に! 今度だってどうせいざとなったら逃げるんだろう!」
ナツが叫んだ。村長から聞いてはいたが、前に依頼を受けた冒険者に恨みを持ってるようだな。だからこんな真似をしたってわけか。
「そうか。どうやら俺はこれから出会った子ども全員に気をつける必要があるようだな」
「は? 何だよそれ。意味がわからないよ!」
「わからないか? お前みたいな子どもは油断したらすぐに毒を盛る。そう思ってなければ危なかっしくて仕方ないからな」
俺の言葉にナツがキョトンっとした顔を見せた。
「お前、何言ってるんだよ。これは俺がやっただけだ。他の子どもは関係ないだろう!」
「そうか。だがお前は一度冒険者に騙されたからと、どんな冒険者も碌でもないと決めつけているんだろう?」
「なッ――」
ナツが絶句した。俺の言った意味を多少は理解できたようだな。
「う、うるさいうるさい! 屁理屈言うな! 大体なんでお前ジュースのんでないんだよ!」
「俺はマリスほど単純じゃないからな」
「えッ!?」
俺が答えるとマリスが驚きの声を上げた。単純と言われたことがそんなに意外だったのか。今更だと思うが。
「とにかく俺はお前らなんてあてにしてないからな!」
そう言い残してナツが部屋から出ていった。全く何しにきたんだか。
「それにしてもリョウガは子どもにも容赦ないね」
「子どもだからと好きにさせてる方がおかしいだろう。甘い顔してもつけあがるだけだからな」
俺がそう答えるとマリスが苦笑いしてみせた。それから俺たちは夜に向けて体を休め、そしていよいよその時が来た――




