第66話 ガロウの実力
「今も言ったようにどちらかが一本とった時点で終了だ」
そう言いながらガロウが一本の木刀を取り出した。それでガロウは戦うつもりらしい。
「ところであんたは何を扱うんだい?」
「俺は素手で問題ない」
リョウガに聞かれたので答えた。しかしもし俺が刃物を取り出したらどうしたのか。いやこの男はそれでも構わないといいそうだな。
「へぇ、無手とは渋いねぇ。しかもスキルなしとは益々楽しみだ」
そうにこやかに対応しながらガロウが構えを取った。腰だめにしたこの姿勢と空気感――これは抜刀術の構えか。まさか異世界でもこのスタイルを取るのがいるとは少々驚きだ。
扱うのは木刀だが、見たところ添えた手を鞘に見立てているようだな。そして――目つきが変わった。獲物を狙う鋭い光。まるで野生の狼だな。
ガロウがジリジリと間合いを詰めてくる。抜くタイミングを見計らっているようだ。
だがわざわざ相手のやり方に合わせる必要はない。地面を蹴り俺は敢えてガロウの間合いに入った。
刹那――ガロウが抜き鋭い一撃が俺の首を狩りに来る。なるほど、言うだけあってウドンとは比べ物にならない動きだ。
だが、それでは届かない。即座に軌道を変え俺はガロウの背後に周り蹴りを放った――が、ガロウが首を振り俺の蹴りから逃れた。そのまま飛び退き彼我の距離が離れる。
「――これ、避けるんだな」
「……ハハッ、予想以上だな」
ガロウは笑っていた。久しぶりに新しい玩具を与えられた子どものような様相。だが警戒は解いていない。寧ろ研ぎ澄まされた刃のような気が周囲に張り巡らされた。
「お、おい。今いったい何があったんだ?」
「わからねぇよ。いつの間にか二人が動いていたとしか」
「ぜ、全然目で追えないわ」
観客たちのつぶやきが聞こえてきた。最初の盛り上がりに比べると随分と静かな観戦になっているな。まぁ騒がしいよりはありがたい。
「どうやら次は俺もマジになる必要があるようだな」
「そうか。それなら俺ももう少しだけ上げるか」
最初の蹴りは様子見みたいなものだ。もっともこれまでの相手はそれすらも避けられずあっさり俺に殺られていった。
それだけに俺も少しだけ興味が湧いた。恐らくだがさっきガロウが言っていた昇華者とは、この男自身のことも表していたのだろう。
「兄貴! まさか力を――こいつそこまでですかい」
ウドンが緊張した面持ちで俺たちを見ていた。やはり俺の予想は間違っていなかったようだ。スキルの昇華――それがどれほどの物か興味がないと言えば嘘になるな。
「――行くぞ、抜刀昇華――十閃ッ!」
今度はガロウが先に仕掛けてきた。一瞬にして距離を詰め俺を射程範囲に入れての抜刀――文字通り十の斬撃が四方八方から俺に迫った。
「よし! 兄貴が捉えた! て、消えただってぇ!」
ウドンが叫んだ。今の斬撃、確かにこれまで相手した連中とは比べ物にならないほどの妙技だ。これがスキルの昇華か。こっちにもこれだけの使い手がいたことに驚いたがそれでも俺には届かない。
斬撃をすり抜け俺はガロウの目の前に移動した。その細い目が見開かれた。俺が拳を放つとガロウが腕でそれをガードした。
「――まさかこれも躱すとはねぇ。参った俺の負けだ」
そして次に聞こえてきたのはガロウの敗北宣言だった。ガロウはガードしていた。故に一本とは言えなかったがガロウにとってはそうではなかったようだな――
「やるねぇあんた。俺も久々に熱くなったよ」
勝敗が決しガロウが掛け金の倍額となる金貨八十枚を渡してきた。俺はそれを素直に受け取った。特にゴネるようなこともなく気持ちよく支払ってくれたものだ。
「全く。おかげで今回は完全に赤字だな。だけど、ま、あんたらみたいのに出会えたのはそれ以上の収穫か」
「ふふん。だから言ったのよ。リョウガなら負けないって」
ガロウの話を聞きながら何故かマリスが得意げだった。
「ハハッ、確かにすげぇよあんたは。ところで二人は冒険者かい?」
「あぁ。と言っても最近登録したばかりだがな」
「そうなのか? あんたみたいな実力者がこれまで埋もれていたのは意外だが登録したばかりなら仕方ないか。だが、いずれあんたらは有名になるだろうな。間違いない」
ガロウがそう言って随分と俺を持ち上げたが、俺は別に有名になりたいわけじゃないからな。
「さて俺たちはそろそろ行くよ。暫くここじゃ仕事もできないだろうからな」
そう言ってガロウが頬を掻く。結果的に今の勝負でガロウとウドンの実力も知られてしまったからな。ここで同じことをしても、もう誰も挑んではこないだろう。
「またどこかで会えるといいけどな。じゃあな」
そしてガロウとウドンは去っていった。その後見ていた観客から随分と声を掛けられてしまったが対応するのも面倒なので俺はマリスを連れてさっさとその場を後にした――




