第187話 会場の外での再会
薄暗い通路の先に、小さな扉が見えた。
大人ひとりがやっと抜けられるほどの狭さだ。
「ここから会場の外に繋がっている」
「それなら俺が開けよう」
閂を外して押し開けると、ひやりとした風が通路を駆け抜けた。土と草の匂いを含んだ風――戦場の外の空気だ。
「少しは気が紛れますね」
「あぁ。妙に暑苦しかったからね」
イザベラの言葉に頷く。
俺にとっては気温など誤差の範囲だが、普通の人間には息苦しさすら感じる閉塞だったろう。
「――行こう」
こんな狭い通路に長く留まるのは愚策だ。
マタンゴが追ってこない保証はない。早いに越したことはない。
俺を先頭に、イザベラ、クルス、アルの父親、モンド、そしてエンデルが続く。
全員が外へ出た、その瞬間――
「ようリョウガ。やっと会えたな」
聞き覚えのある声。
視線を向けると、目元に傷を持つ男と、その隣に立つ巨漢。
以前の街で大道芸を披露していた、あの二人――ガロウとウドンだ。
「リョウガ、知り合いなのかい?」
「一度会っただけだな」
「そう冷てぇこと言うなよ。お前が俺を熱くしてくれたんだからよ」
「熱くって……リョウガ、お前……」
「妙な勘違いをするな」
「いろんな愛の形があってもよいと思いますよ」
「クルス、お前も大概だな」
「リョウガさんが、あ、あの方と、で、でもお二人とも男で、あ、あぁ……」
「違う。そうじゃない、落ち着けエンデル」
エンデルが両頬を押さえ、顔を真っ赤にして瞳をぐるぐるさせている。完全に勘違いだ。
「何の用か知らんが、こっちはお前たちに構ってる暇はない」
「そう言うなって。俺にはあるんだよ。リョウガ、俺とやり合え」
「……正気か? こっちはマタンゴに追われてる。外も魔獣だらけだぞ」
俺一人ならどうにでもなる。
だが今は依頼の最中――依頼主を守るのが優先だ。
「安心しな。少なくとも魔獣の邪魔は入らねぇ」
「なんでそんなことが言える?」
「なんでってそりゃお前――」
一瞬、ガロウの視線がモンドに流れた。
短い刹那、目と目が交わる。何かを知っている顔だ。だが今はまだ、その意味を問う場面じゃない。
「何だ、私に何か用か?」
「いや、別に。……まぁいいや。とにかく俺とやろうぜ、リョウガ。早く戦いたくてウズウズしてんだ」
「断る」
「そうかよ。だったら――強制だ!」
言葉が終わると同時に、ガロウが地を蹴った。
距離が一瞬で詰まる。初速が速い。前よりも格段に研ぎ澄まされている。
「抜刀!」
閃光。
抜かれた刀が俺の首筋を正確に狙う。
空気を裂く音が遅れて届いた。殺意に一点の淀みもない。
俺は上体を反らして回避する。
「そうか。つまり――死にたいってことか」
「そうこなくちゃな。殺り合おうぜ、リョウガ!」
殺気をぶつけても怯むどころか歓喜する。典型的な戦闘狂。面倒なタイプだ。
「抜刀昇華――千閃!」
風が鳴り、刀が閃光の帯を描いた。
音速を超えた抜刀術。
一瞬で千の斬撃が俺の身体を包む。
金属音と風圧が混じり、視界が光の線で埋め尽くされた。
「なるほど……前に見た時より鋭いな」
「リョウガ、アレを喰らっても平気なのかよ!」
イザベラの声が耳朶を打つ。
「全部避けたのですか!? 凄い……」
「違う。感触でわかった。確かに大半は避けたが――八発、当たったはずだ!」
ガロウが叫ぶ。その通りだ。
九百九十二は避け、八だけ受けた。
その八発を殺すため、俺はほんの少しだけ腕を“解放”した。
袖に隠れて見えないが、今の腕は筋肉が隆起し、皮膚の下で脈が爆ぜている。
「おもしれぇ……なら、俺も奥の手と――」
「やぁあああぁっと! 見つけましたよぉ!」
奇声にも似た声が空から降る。
次の瞬間、巨大な影が落下し、地面が爆ぜた。
土煙が舞い、地鳴りが周囲を揺るがす。
「やれやれ……魔獣が来ないんじゃなかったのか?」
「いやいや! 俺が聞きてぇよ!」
「兄貴、こいつ……少々ヤバそうですよ」
ウドンが一歩退く。
その言葉通り、現れた“それ”はただの魔獣じゃない。
空気が重くなる。皮膚の裏を、嫌な圧が這い上がってくる。
全くこいつらだけでも面倒だって言うのに。
俺は静かに息を吐き、地面を踏みしめた――。




