第186話 最後の悪あがき
「お前たちの目的は何だ! こんな真似して何を狙っているの!」
唯一生き残ったラットの胸ぐらを掴み、ネイラが声を張り上げた。
「へっ、俺らは盗賊だぜ? やることなんて決まってんだろうが」
「……つまり、オークションが狙いだったのね」
「へへっ。ま、頭は別に狙いがあるんだけどな」
血の気の引いた顔でラットが不敵に笑う。その意味深な言葉に、ネイラの瞳が鋭く光った。
「狙いって……何があるのよ」
「頭は強ぇ奴とやり合いたいんだよ。今この都市で一番の実力者――そいつが、頭の圧倒的なパワーに屈するのさ。へへっ、想像しただけで愉快だぜ」
「一番の実力者……まさか!」
ネイラの顔色が変わる。脳裏に浮かんだのは、たった一人の存在――
パトリエ。彼女の兄だ。
「すぐに行かないと――!」
「ば~か。俺がなんでベラベラ喋ったと思ってんだよ」
その瞬間、ラットは口の端を吊り上げ、懐からナイフを抜いた。刃が閃き、次の瞬間には自らの喉を掻き切っていた。
「お前、何を――!」
「ゲホッ……これで……仲間が……お前らに、復讐を――」
言葉が途中で途切れ、ラットの体がぐったりと崩れ落ちた。
次の瞬間――
キィキィと甲高い鳴き声がどこからともなく響き始めた。音はみるみるうちに広がり、下水溝や壁の隙間から小さな足音が洪水のように押し寄せてくる。
「まさか……」
ネイラが顔を上げる。空気が一変し、マリスもすぐに立ち上がった。
「お、お姉ちゃん……」
「キィ……」
アルが怯えた声を漏らし、肩に乗った小猿が震えながら鳴く。
やがて暗闇の奥から、無数のネズミの群れが現れた。赤い瞳が闇を切り裂くようにギラギラと光り、床を埋め尽くす勢いで迫ってくる。
「自分の命を犠牲にして呼び寄せたってわけね……マリス、いける?」
「――大丈夫。ネズミなんかに、負けない」
マリスの瞳がさらに濃い朱色へと変わり、怒りに呼応するように血潮が沸き立つ。ネイラが小さく喉を鳴らした。
「これなら大丈夫そうね」
次の瞬間、マリスが突っ込んだ。拳が地を打ち、群れが弾け飛ぶ。ネイラもアルを背にかばいながら蛇腹剣を操り、閃光のような連撃で敵を切り裂く。
四桁に及ぶネズミたちは、怒れる戦鬼族と冷徹な剣士の手で、見る間に駆逐されていった――。
◆◇◆
「こっちです!」
マタンゴの襲撃をかわしながら、俺たちは会場の外へと走っていた。モンドが先導し、アルの父親も必死についてくる。
アルは父親のことを気にしていたが、ここに残れば確実に死ぬ。モンドが「一緒に逃げるべきだ」と判断したのは正しい。
「マタンゴォォ!」
「ひ、ひぃっ!」
「チッ、うざったいね!」
悲鳴を上げるアルの父親を庇い、イザベラが曲刀を振るってマタンゴを一刀両断にした。
「す、すみません……足手まといで……」
「その分、あとできっちり謝礼もらうからね」
「も、もちろんです! 息子も助けてくれたら、その分も一緒に!」
その言葉に、イザベラの目がキラリと輝いた。
「任せな。あんたのことも、このイザベラが責任持って守ってやるよ。いいかい、イザベラだからね!」
名前の自己アピールに余念がない。まったく、こういうところは現金な奴だ。
「さぁ、急ぎましょう」
モンドの声で我に返る。メインの通路を避け、脇道へとそれる。扉を開け放ち、薄暗い通路へ足を踏み入れた。
「こっちが近道です。マタンゴもうまく撒けるはず」
「わかった。俺が先頭を行く。イザベラとクルスは後方を頼む」
「任せときな」
「神のお導きがあらんことを……」
イザベラが親指を立て、クルスが短く祈りを捧げるのを確認して、俺は前を見据えた。
外まで、あと少しだ――。




