第182話 大切な物
男の後をついて行く途中、スカーレッドは言いようのない不安に包まれていた。
そして薄闇の路地を抜けた先で、スカーレッドは野生の勘が告げる違和感を無視したことを後悔した。
目の前に待ち受けていたのは八人の男。助けなど期待できない──歪んだ笑みが、全員の顔に一様に浮かんでいる。
「いらっしゃい、餌ども」
凍り付く声。背筋を冷たい手で撫でられたような悪寒が走る。
「どういうことだ、これは」
「見ての通りさ。おまえら、まんまと騙されたってわけだ」
仲間の一人が逃走を促そうと口を開いた瞬間──
案内役の男が牙をむき、その喉笛に食らいついた。肉を裂く生々しい音。男の口には人外の鋭い牙が並んでいた。
「悪いが、おまえらを逃がす気はねぇよ」
スカーレッドは抵抗を試みたが、それも虚しく、あっという間に死体の山が築かれた。
悲鳴も抵抗も、八人の盗賊の前では無意味だった。彼らは躊躇なく金品をむしり取り、死体を蹴飛ばして笑う。
「どうだ、金目のモンはあったか?」
「ああ。オークションに来てた連中は流石に太っ腹だな」
多勢に無勢。スカーレッドも必死で鞭を振るったが、やがて全身に刻まれた裂傷が限界を告げる。血で赤く染まった外套が、名の由来の“深紅”をさらに濃くした。
「さて──残りはおまえだけか」
この中のリーダー格らしき盗賊が傲慢な笑みを浮かべ、倒れ込むスカーレッドを見下ろす。獲物を弄ぶ猫のような目だ。
「なぁ、こいつ……よく見りゃ上玉だ。少し“遊んで”いかねぇか?」
いやらしい声が背筋を撫でる。スカーレッドは唇を噛み、しかし睨みつける以外に術がない。
「やめとけ。女はあとでいくらでも抱ける。それより面白ぇモンを見つけた」
別の盗賊が、彼女の腰に吊るされた小さな魔法袋を引きちぎった。慌てて隠そうとした動きが、逆に彼らの好奇心を刺激したのだった。
「押さえとけ」
「ほら、大人しくしろよ」
「やめろ! 離せッ!」
袋の中身が床に散らばる。硬貨、手入れの行き届いたナイフ、そして──精巧な魔導義足。
「なんだこれ? 防具でもねぇし」
「魔導義肢だ。結構な値で捌けるぜ」
「やめろ! それは……それだけは触るな!」
声が掠れるほどの絶叫。盗賊たちは意地の悪い笑みを深めた。
「そんなに大事か?」
「そ、そうだ。それは“未来”なんだ……それが必要な奴がいる。頼む、他の物はくれてやる。だから、それだけは返してくれ……!」
スカーレッドは血まみれのまま地面に額を擦りつけた。プライドを捨てて懇願する──それほどまでに守りたかった。
「へぇ……大事なモンほど、奪いがいがあるってもんだ」
リーダー格の男がスカーレッドの顎を乱暴につかみ、顔を上げさせる。瞳に浮かぶ必死の光を、嘲笑で踏みにじる。
「俺たちは盗賊だぜ? 奪うのが仕事で、苦しむ顔が報酬だ。だからこれは返さねぇよ」
「ギャハハ、聞いたか? 未来を奪っちまったってさ!」
下卑た笑いがこだまする。スカーレッドの肩が震える。怒りか、悔しさか、それとも絶望か──握った拳から血が滴った。
「……そんなガラクタがそこまで大事かね。ま、金になるなら何でもいいが」
「ふざけるな! それはお前らみたいな盗賊風情が触れていいもんじゃねぇ! それはアイツの未来を繋ぐための──」
叫びと同時に、鮮血と“頭”が宙を舞った――




