第138話 兄妹
先程までのざわめきが嘘のように辺りが静まり返っていた。パトリエの実力を目の当たりにして言葉も出ないといったところか。
三匹の魔獣を葬り去ったパトリエの攻撃、それは言葉にすれば簡単だ。ただ百八回斬った。それだけなのだから。
だがそこに一切の淀みがないと言えば話は別だろう。動きには大なり小なりズレというものが発生する。常人と達人の何が違うかと言えばこのズレをどれだけ克服できているかだろう。
だが、どれだけ鍛え上げてもどれだけ完璧に思えても僅かなズレは発生してしまうもの――しかしパトリエにはそれが一切なかった。迷いなく淀み無く躊躇なく刹那の間に百八回斬った――その結果が三匹の魔獣の死に直結した。
「す、すごい」
エンデルも驚きの声をあげている。あまりに鮮やかすぎて恐れという感情すら抱いていないようだ。他の護衛たちもそれは同じだった。
「あれがAランクの実力か」
流石注目されているだけあってパトリエの強さはこれまで出会った冒険者よりも遥かに上と言えるだろう。
「全くとんでもないねぇ。でもおかげで大勝ちさ」
「え? イザベラ全勝に賭けてたんだ。やるわね」
イザベラがチケットを手に二カッと笑った。パルコも感心しているがどうやらイザベラはパトリエの全勝に賭けていたようだな。予定とは違うがパトリエが全ての魔獣に勝利したのは確かだからな。
「う、うぉおぉぉぉおおおお! すげぇ! すげぇぜパトリエ!」
「何よ今の! 何が起きたか全然わからなかったじゃない!」
「キャ~! パトリエ様~~~~~~!」
その後、沈黙が破られそれが大きな歓声となって広がるのに時間はかからなかった。観客たちの熱量は今がマックスといったところだろう。
『え、えぇと、途中取り乱してしまい申し訳有りません。しかし驚きました! パトリエ選手、予定外に全ての魔獣を同時に相手したにもかかわらずまさかの瞬殺! これは凄まじい! なお賭けは少々構成が異なったものの全勝に賭けた人に払い戻しが約束されます!』
司会者のアナウンスと同時に窓口にチケットをもった人々が駆けていった。イザベラにその中の一人だ。それなりに数は多いがそれでも全体で見れば全勝に賭けたのは二割程度といったところか。
「ハハッ。君も賭けておけばよかったのでは?」
ゴルドーが俺の肩を一叩きしながら言った。
「賭けには興味がないんでね」
「そうか。まぁそれもいいだろうが、しかし君が言ったとおりになるとはね。凄い偶然だ」
偶然ね。俺にはあの檻が敢えて脆く作ってあるように感じたがな。まぁそれもパフォーマンスの一種だったのだろうが――
そんなことを思いながら俺はパトリエが立ち去った方向に目を向けていた――
◇◆◇
「ハハッ。流石噂通りの実力ですねぇ。おかげでコロシアムも大盛り上がりですよ」
パトリエが控室に戻るとスーツ姿の男性が手揉みしながらパトリエに近づいていった。
パトリエはその男を一瞥した後、不機嫌そうに口を開く。
「支配人。市長にもよく言っておいてくれ。こんなことは今回限りにしてくれとな」
パトリエに釘を差される支配人。彼は市長に任されコロシアムの支配人となった男だ。故にパトリエも支配人に自分の意思を伝えたのだろう。
すると支配人は笑顔を崩さず媚びるように口を開く。
「そう言わず。貴方ほどの実力者ならこちらとしても今後も続けてくれると嬉しいのだけどね」
「今回限りだ。私の本業はあくまで冒険者なのだからな」
キッと睨みつけてくるパトリエに支配人は苦笑するしかなかった。
「ま、まぁ仕方ないですね。それに今回はもう一つ目玉がありますから」
「何?」
「お兄ちゃん――」
支配人の言葉に怪訝な反応を見せるパトリエだったが、そこに親しげに呼びかける声が割り込んだ。パトリエが振り返ると癖のある銀髪をした少女の姿。
「ネイラ、お前どうしてここに?」
「いやぁ、貴方がコロシアムで試合すると聞いたらしく妹様も何か協力したいと申し出てきましてね」
支配人に言われパトリエが眉を顰めた。
「私はそんな話は聞いてないぞ」
「私からお願いしたの。お兄ちゃん見てたよ! 凄かったね! 私もお兄ちゃんに負けないぐらい活躍してみせるから見ててね♪」
「あ、おい!」
言うなりネイラは支配人の脇を通り抜け控室を出ていってしまった。パトリエが追いかけていこうとしたのだが、それを支配人に止められた。
「まぁいいじゃないですか。妹さんもこう言ってますし」
「だがな」
「それに妹さんも中々の実力者ではないですが。あの若さでBランクですからね」
支配人の言葉にパトリエは厳しい目を向けた。
「だから何だ? 何を仄めかしたか知らんが私に残された唯一の家族を危険に晒す真似は看過できないぞ」
圧を高めるパトリエの姿に支配人がたじろいだ。
「まぁそうカッカするなって」
怒りを抑えきれないパトリエの肩を何者かが掴んだ。振り返ると屈強な男がそこにたっていた。
「……王者グランドか」
「おお、あんたみたいな有名人にも知られてるとは嬉しいねぇ」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。グランドはこのコロシアムで負け無しの実力を誇り王者の称号を得ている。
「ま、あんたが妹を可愛がるのもわかるが今回はあの妹から申し出たんだろ? だったら家族の意思を尊重すべきじゃないのかい?」
「――いくら王者といえ家族の問題に口だして欲しくないものだがな」
パトリエとグランドの視線がぶつかりあい火花が散っているようでもあった。一触即発にも感じられた状況だが――
「……確かにネイラ自身が言っていたことだが――支配人間違いないんだな?」
ふとパトリエが確認を取った。支配人が頷き答える。
「その話に嘘はない。さっきも話していたがネイラから申し出てきたことだ」
「――そうかわかった」
支配人の回答を聞き、パトリエが踵を返し控室から出ていった。グラントが目をパチクリさせる。
「意外とあっさりだったな。全くうまく行けば謎めいた力が見れるかと思ったんだがなぁ」
「こんなところで勘弁してくれ。やるなら闘技場で頼むよ全く」
グランドの言葉に支配人が頭を抱えぼやくのだった――




