第121話 忙しない夜
蜘蛛は全部で十二匹。しかもそれぞれが人間と同じぐらいデカいからな。周囲を確認すると黒服はモンドとエンデルを守るように囲っていた。専属の護衛としての意識は高いようだな。
モンドは鋭い目つきで周囲を確認している。この状況でも割と落ち着いていそうだ。一方でエンデルの肩は震え随分と不安そうにしている。
「気をつけろ! ダークウィドウには猛毒がある。噛まれるのは勿論爪の攻撃でもアウトだ!」
「それぐらいわかってるさ。もっともあんなのに喰われたらその時点で終わりだろうけどね」
注意を呼びかけるゴングにイザベラが反応していた。この大きさだからな。普通なら毒を受ける以前に攻撃された時点でただでは済まないのだろう。
「毒だけじゃなくて魔法も使えるのが厄介なのよこいつら」
冷や汗まじりにパルコが語った。
『fァjfァslfjァfジャjァ――』
同時にダークウィドウから独特な鳴き声が聞こえてきた。ダークウィドウの正面に魔法陣が現出しそこから紫色の光球がこちらに向かって放たれた。
「慌てず躱しな! 見た目はデカくとも動きは遅い!」
イザベラの言葉通り、ダークウィドウから放たれた魔法は速度も遅く躱すだけなら問題ないだろう。だがその遅さが逆に厄介な場合もある。
ダークウィドウは魔法を放ちながらも自らはカサカサと動き回りこちらを翻弄してきた。相手の魔法ばかりに気を取られていてはダークウィドウの攻撃に対応できないだろう。
しかも放たれた光球は遅いがどうやらある程度の誘導効果がついているようだ。
「鬱陶しいねぇ! こっちの動きが読まれてるみたいだよ」
イザベラが回避しながら叫んだ。
「イザベラ! 魔法ばかりに気を取られていては危ないですよ! 光の加護を――ライトシールド!」
クルスが叫び魔法を行使。イザベラの横からやってきたダークウィドウの爪を防いだ。
「た、助かったよ。だけどこいつらいつの間に……」
イザベラも余裕がないな。この蜘蛛は暗闇との親和性が高いのだろう。闇に溶け込むようにして近づいてくる。俺たち暗殺者に近い動きだ。思えば暗殺者の中には蜘蛛の名を語る者もいたな。
「ハァアァアアアァア!」
気合とともにマリスも蜘蛛に攻撃を仕掛けていく。だがこの暗闇と素早い動きに翻弄され中々効果的な攻撃にはつながっていない。
「拡散せよ風刃――ウィンドスラッシュ!」
魔法を放ったのはパルコだった。ダークウィドウに向けて放たれた風魔法は途中で拡散し周囲にいたダークウィドウたちを同時に切り刻んだ。
魔法を喰らって怯むダークウィドウだがそれだけで倒せる程ではないか。
「クソ! せめて魔法を何とか出来れば!」
ゴングが苦虫を噛み潰したような顔で叫んだ。確かにこの魔法は鬱陶しいな。
「試してみるか」
俺は腕のみ解放し力任せに殴りつけてみた。魔法の光球が弾け飛ぶ。意外と物理的な攻撃にも脆いな。
「お前その腕、やっぱりスキルが使えたのかよ!」
「違う。これは俺の体質みたいなもんだ。まぁ気にするな」
「いや、気にするなってのが無理だろう……」
ゴングが何やらショックを受けていたが今はダークウィドウだ。依頼人の安全のこともあるからな。このままこいつらに好き勝手させるわけにもいかないか。
「とりあえず魔法は俺がなんとかする。蜘蛛はどうする?」
「この暗闇さえなんとかなればどうとでもなると思うんだけどねぇ」
「――闇を払拭せよ導きの光――ライトフィールド!」
イザベラの願いを聞き入れるようにクルスが魔法を行使。光の波動が広がり一瞬にして周囲が明るくなりダークウィドウの姿を照らしだした。
「やるねクルス」
「戦闘に参加できない分、援護はお任せを」
イザベラに感心され笑顔でクルスが返した。自らが武器を持って戦うことはないが補佐役としては優秀なようだな。
「これではっきり見える!」
マリスがダークウィドウに飛びかかる。強化された肉体の強さで蜘蛛を次々と粉砕していった。
ダークウィドウは魔法を更に重ねるが、それは俺が全て破壊していった。イザベラも剣を抜き踊るようにダークウィドウを斬り裂いていった。
「パルコ頼む!」
「自分でやりなよ全く」
呆れつつも渡された鐘をパルコが鳴らした。
「三分間の闘争心!」
鐘がなると同時にゴングがスキルを発動させた。自らを強化したゴングもまたダークウィドウを殴り倒していった。
「ウィンドボム!」
パルコが魔法を発動。風が爆発のように弾け蜘蛛が吹っ飛んだ。何匹かがこっちに飛んで来たのでそれはサクッと始末しておいた。
「どうやら倒せたようだな」
「そうだねぇ。本当蟲勘弁してほしいよ」
ダークウィドウが全滅しゴングとイザベラも安堵の表情を浮かべていた。
「リョウガお疲れ様。助かったよ~」
マリスが笑顔で近づいてくる。
「お礼ならクルスに言っておくんだな」
「いえいえ。リョウガがあの蜘蛛の魔法を破壊してくれたからこちらも落ち着いて魔法で支援できたのですから」
クルスが謙遜して答えた。するとモンドとエンデルもこちらに近づいてくる。
「やはり山は危険なようだね。君たちに護衛を頼んで正解だったよ」
「本当に皆様お強いのですね」
モンドとエクレアは危ない状況を生き延びられたことでほっとしていた。見たところ怪我もなさそうだな。
「とりあえず一難は去ったが、夜はまだまだ長いからな。油断せず行こうぜ」
ゴングが締めにそう言って、改めて俺たちは周囲を警戒しつつ休みに入った。その後はゴングとパルコの番が終わり、次にイザベラとクルスが見張りに立ったようなのだが――
「起きな! ヤベェのに囲まれたよ!」
イザベラの声に立ち上がった。マイラも弾かれたように飛び起きる。周囲を確認すると今度は狼の群れに囲まれていた。
「やれやれ今度は野獣か」
「グレートウルフの群れだよ! 全く何だってこんなのばかり!」
「ぼやいたって仕方ねぇだろうが」
「ふぁ~本当。気の休まる暇がないなぁ」
思い思いの言葉を吐きつつグレートウルフ相手に立ち回る。今回は俺も戦い、暫くしてグレートウルフの群れも全滅した。
「本当にお疲れ様です。流石に今夜はもうこれ以上のことは起こらないと思いたいですね」
モンドが労いの言葉をかけてきた。確かにその通りだがそう上手くいくかは別問題だな。
「本当にそう願いたいけどな」
「少しは休ませて欲しいところだもんね」
ゴングとパルコが疲れた表情で答えた。
「きっとこれも神の試練。ですがそれもここまでと思いたいところです」
クルスが神に祈るような仕草でつぶやく。夜の戦いは通常時より神経を使う。その分疲れも溜まりやすいのだろう。
「次は私たちだねリョウガ」
グレートウルフを倒し終えたタイミングで交代の時間が来たのだ。マリスも体を解して張り切っている。
「何もないことを願いたいが、もしまた何かあったらすぐに呼べよ」
俺たちにそう告げて全員眠りについた。しかし何かあったらか――




