第102話 覗きし者
「ふむふむ。進化後の強化具合は申し分なかったようだねぇ」
ラミアの塒から随分と離れた山の頂でエボが一人呟いた。エボの周囲には小さな羽虫が飛び回っていた。それはただの虫ではなく魔蟲と呼ばれる蟲であり、しかもこの魔蟲は他の魔蟲と情報の共有が出来る特別な蟲だった。
エボは魔蟲を飛ばしラミアを俯瞰する形で観察していた。エボが遠く離れた山頂からでもラミアとリョウガの戦いを観察できたのもこの魔蟲のおかげである。
重要なのはこの世界において魔蟲は特に特別な存在ではないということだった。故にエボが飛ばした魔蟲以外にも無数の魔蟲がその場に存在する形となり結果として進果実を仕込んでおいた魔蟲も上手く機能したし、リョウガに気づかれることなく戦いを観察できたのである。
まさに木を隠すなら森の中といった形である。
「しかし今回進化させたラミアは他の個体よりも知能も高く力も強い個体だったというのにこうもあっさり倒されるなんてね。しかもあのオスの変貌ぶり――実に興味深い」
魔蟲を通してリョウガとラミアの戦闘を見ていたエボは好奇心に満ちた笑みを浮かべた。リョウガが人間だったことも興味を抱く要因ではあった。
「とは言え、今はまだあまり深く追求すべきではないかなぁ。見つからなかったけど察してはいたようだからねぇ」
魔蟲との情報共有を遮断しエボが独りごちた。リョウガは恐らくエボがどこかから見ているという考えに至った瞬間には、何かしらの生き物を利用して観察している可能性も考慮した筈だ。
そしてリョウガであればやろうと思えば周辺の生物を一掃することだって出来たはずである。だが、それはしなかった。
流石にそれはやりすぎだと自重したのだろう。とは言えあまりしつこく見続けていてはいつ特定されるかわからない。だからエボは一旦ここまでか、と退くことに決めた。
「フフッ。私は引き際をわきまえているからね。こういうことは慎重に進めないとね。それに――今はもう一匹の方が大事だからねぇ……」
そこまで言って口端に歪んだ笑みを浮かべた後、エボは煙のようにその場から消え失せたのだった――
◇◆◇
ラミアを片付けた後、俺は村に戻った。村には既にマリスとナツの姿もあり二人から事情を聞いていたらしい村長とハルトから出迎えを受けた。
「リョウガ様! ナツが助かったのも貴方のおかげと聞きます! 本当にありがとうございます!」
「別に助けたくて助けたわけじゃない。結果的にそうなっただけだ」
村長が涙ながらにお礼を言ってきたが、ナツがあのまま何も出来ず捕まってるだけなら俺は助けることもなかっただろう。
「全くリョウガったら素直じゃないんだから」
マリスが隣に並んで横から肘で突っついてきた。俺は素直な意見しか言ってないぞ。
「兄ちゃんそれであのラミアはどうなったんだ?」
ナツが真剣な目つきで聞いてきた。無鉄砲ではあったが自ら退治しようと乗り込んでいった相手だ。結果が気になるのだろう。
「倒した。ただ形も残らないぐらいにやってしまったからな。証明の為にギルドから調査員でも派遣して貰う必要があるだろう」
中途半端に残すと再生して面倒だからな。
「大丈夫ですよ。リョウガ様のことは信用しておりますから」
「おうよ! ナツだって無事戻ってきたわけだからな。てか、お前は勝手な真似して少しは反省しろ!」
「痛ッ! わ、わかってるよ」
ハルトの拳骨を受けてナツが口を尖らせた。しかしラミアのことがあったからかナツの態度も変わってきてるな。
まぁ俺としてはどうでもいいことだが。
「とにかくラミアを退治されたのは確か! 村の住人も皆感謝しております! なので今夜は盛大に祝いましょうぞ!」
村長がそんなことをいい出した。こっちの世界でいえば今の時間は普通に寝ている時間のはずだが、村人の殆どが起きていて宴に備えていたようだ。気が早すぎるな。
「悪いが俺はそういうのに興味は――」
「リョウガ兄ちゃんが主役なんだからいてくれないと困るぜ!」
俺が全てを言う前にナツが口を挟んできた。勝手に主役にされてもな。
「いいじゃん。それにリョウガだってお腹空いてるよね?」
マリスが覗き込むようにして聞いてきた。俺だってということはそもそもマリスが腹をすかしてるんだろう。俺は多少食わなくても問題ないからな。
――ぐ~……。
「ほら! リョウガのお腹もなってるよ。やっぱり減ってるんだよね」
だがマリスの言うように確かに俺の腹が鳴った。しかも自然とだ。
「はっはっは。ではではできる限り精一杯のご馳走をさせてもらおうか」
結局俺はマリスたちに促され祝いの席に立ち会うことになった。しかし腹が鳴ったか。やはり戻ればそれなりにエネルギーは減るようだな――




