第33話 反撃
部下に案内させ、アベルは薄暗い営倉へと到着した。
「閣下、ここであります」
営倉の鍵を開けた部下は、アベルに道を譲る。
ガチャ!
アベルが室内に入ると、部屋の隅に座っているニコラが顔を上げた。
「ニコラ、無事か!」
「あ、あああ……」
アベルが声を掛けると、ニコラは信じられないものを見たような顔をした。
「アベル……アベルなのか」
「そうだ、俺だ。助けに来たぞ。お前の力が必要なんだ」
アベルはニコラの腕を掴んで引き上げる。
「どうやってここまで……?」
「説明は後だ。とりあえずここを出よう」
アベルの一存で、ニコラの営倉送りを止めさせた。そして、シャワーと温かい食事をとらせる。
◆ ◇ ◆
食事をしながら、アベルは平和条約調印式からの経緯をざっと説明した。
その話を、ニコラは興味深そうに聞き入っている。
「なるほど……。やはりキミは凄いな。ボクが営倉送りになっている間に、アベルは魔王陛下をお救いし、戦局の逆転を考えていたなんて」
ニコラは、心底感心したように目を細めた。
「少佐に昇進し、そして更に栄達しそうだ」
「それが……実は、正式な辞令はまだなのだが、現時点で大将に昇進し、アンテノーラ駐留軍司令官になったんだ」
「は?」
ニコラの顔が更に驚きの表情になる。
「それは、本当かい……?」
「ああ」
「キミは……本当にボクの予想の上をいくね。信じられない才能だよ」
ニコラは、士官学校の入学日にアベルと会ったその時から、彼に対し只ならぬ才能を感じていた。しかし、まさか士官学校を卒業してすぐに、大将にまで出世するとは思いもしないだろう。
最早、御伽噺に語られる英雄よりも凄い栄達だ。
「これは司令官閣下。失礼いたしました」
ビシッ!
ニコラが冗談半分で敬礼する。
「やめてくれ。二人の時は、今まで通りアベルで良いよ」
「はははっ」
「ふふっ」
まるで士官学校時代のようになって笑い合う二人。まだ卒業してから間もないはずなのに、とても懐かしい気持ちになってしまう。
「それで、ドレスガルド帝国軍を迎え撃つ作戦なのだが――――」
アベルが作戦概要を説明すると、ニコラは困惑と感嘆が入り混じった表情をする。
「アベル……キミはボクの常識まで覆してしまうのか……。そんな奇想天外な作戦を思いつくだなんて。しかし、これは恐ろしい作戦だ。でも、この状況を逆転するにはそれしかないようにも思える」
ニコラの手が震える。恐ろしいアベルの作戦に、恐怖とも称賛とも違う何かを感じているのだ。
「今、ビリーには住民の避難と物資の輸送の計画を手伝ってもらっている。ニコラにも色々と手伝って欲しい」
「分かった。ボクにできる仕事ならなんでもするよ」
ニコラは大きく頷いた。
「この作戦の成功には、なるべく住民の被害を最小限にとどめなくてはならない。敵の大軍を一網打尽にするのに、同胞の民間人まで巻き添えにしては虐殺者の誹りを免れないだろう」
そうアベルは言い、覚悟を決めた顔をした。
士官学校時代の優秀な仲間が加わり、アベルの作戦は滞りなく進められていく。
帝国の侵攻以来、一方的だった戦局がここアンテノーラで覆されることとなる。そして、それを後世の者が皆口々に言う『アンテノーラの奇跡』と。
◆ ◇ ◆
補給を終えたドレスガルド帝国軍は、カロン大橋を越えアンテノーラに向け進軍を開始した。
ディーテ、リンボ、ジュデッカ、を攻略した軍が合流を果たし、第1~3装甲軍と第6~14軍を合わせ約48万もの大軍に膨れ上がっている。
東側から侵攻している別部隊を残し、このまま数の力で王都まで攻め込む算段だ。
途中で接収と言う名の略奪をし、食料は辛うじて確保できているのだが、本国との戦線が伸びており、弾薬は不足気味のままである。
ただ、これまでの一方的な戦闘で、帝国軍側には楽観論が広がりつつあった。
帝国軍の将校に楽観論が広がる中、第12軍マグダレス大将だけは、嫌な予感を拭いきれないままだ。
「このまま何もなければ良いのだが……」
そう呟いたマグダレスに、部下は明るい表情で答える。
「閣下、そのような不安は無用でありますよ。これまでも魔族どもは反撃らしい反撃もできておりませんから」
「しかし、油断は禁物だ。と言っても、我が軍は楽勝ムードで緩み切っているようだがな」
マグダレスの目の前には、既に戦勝気分に酔う士官や兵の姿ばかりだ。いまさら気を引き締めろと言っても、無駄のように感じる。
そして、運命のアンテノーラ会戦の日が訪れた。
◆ ◇ ◆
アンテノーラ正面に迫るドレスガルド帝国軍48万。地平を埋め尽くすほどの大軍勢に、誰もが勝敗は決したかに見えるだろう。
対して第二軍を中心とした、アンテノーラ防衛の任に当たる魔王軍6万。戦力差八倍である。
決戦の火蓋は、双方司令官の号令によって切られた。
「魔族を殲滅せよ! 突撃ぃいいいいぃ!」
「魔王陛下の名のもとに、人族を撃ち滅ぼせ!」
「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!」」」
「「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!」」」
ドドドドドドドドドォオオオオォ!!
ドドーン! ドンドンドンッ!
ズドン! ドドドーン!
凄まじい地響きと爆音が鳴り響く。
装甲車を中心とした装甲部隊を先頭に、ドレスガルド帝国軍が怒涛の進撃をする。アンテノーラ城壁に構える魔王軍に向け、装甲車からの砲撃を次々と打ち込んでいるのだ。
何としても敵の進撃を食い止めようとする魔王軍が、遠距離の魔法攻撃と魔装式歩兵銃による応戦をするも、余りの戦力差に次々と戦線は後退する。
ズドォォォォーン!
ドドン! ドォォォォーン!
遂に魔王軍の戦線は崩壊し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。それは無様なほどに。
「転進! 転進だ! 後退せよ!」
魔王軍の指揮系統が機能していないのか、皆必死になって逃げだしているようだ。
ドレスガルド帝国軍の勢いが増し、砲撃で城門や城壁をぶち破り、次々とアンテノーラの街へと踏み込んで行く。
アンテノーラの街は帝国軍に踏みにじられ、まるで人族一色に染まっていくようだ。
「がっはっはっはっはっ! 無様なものよ! 魔族には反撃する力も残されておらぬようだ! 殺せ! 一匹残らず殺すのだ! 薄汚い魔族は皆殺しにせよ!」
ドレスガルド軍司令官は、次々に歓喜にも似た高笑いを上げる。最早、勝負は決したかに見えた。
◆ ◇ ◆
その頃、街の後方にある高台で指揮を執っているアベルは、刻一刻と流れる戦況を見守っていた。
「ふふっ、どうやら作戦通りだな」
アベルはそう呟き口元を緩ませた。
(やはり予想通りだ。根本的に人族は、魔族を知能の劣った存在だと思い込んでいる。最初から高度な戦略や戦術を使わず、正面からの力業だけの存在だと見下しているのだ)
今までの戦闘に於いて、まともな反撃も叶わぬまま一方的に負けていたのが、より人族の増長させるのに役立ってしまったのだろう。
この数日前――――
アベルは、将官を集めた作戦会議の席で、作戦概要を説明をした。
『――このように布陣し、敵の戦闘集団に向け本気で押し戻すつもりで迎撃します。そして、その後はわざと負けて撤退を開始します』
『わざと負けるとは何事だ! 貴様は恥を知らんのか!』
案の定、アザゼル大将が反論した。
これも想定済みだ。
『アザゼルよ。ワシからの頼みじゃ。アベル司令官の言うことを聞いてくれぬか?』
アベルの横、上座中央に座っているサタナキアが、アザゼルに話しかける。
『ははぁ、陛下のお言葉とあらば……』
事前に話しを通しておいたサタナキアが注意をし、アザゼルは平伏してしまう。
最初からアベルの想定通りだ。
場が静まったところで、アベルは話を続ける。
『逃げるというのは偽装です。これによって油断を誘い、敵を罠の中へ誘い込み一網打尽にする計画。そう、この作戦により、愚かにも魔王陛下の神聖なる領土を侵した人族に、壊滅的な打撃を加え、相応の報いをくれてやるのです!』
そしてアベルが作戦の詳細を説明する。
当然のように反対意見が続出するが、事前の打ち合わせ通り、サタナキアが皆を抑えさえ計画の実行となったのだ。
敵に壊滅的な打撃を与えると同時に、アンテノーラにも回復不能な損害を出す、諸刃の剣のような作戦を――――
「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!」」」
ドドドドドドドドドドドォォォォーッ!!
アンテノーラの街に、怒涛の勢いで人族が雪崩れ込む。街は次々と人族によって埋め尽くされていった。
ある者は魔族を殲滅する為に、またある者は戦利品を掠め取るように。
今や、アンテノーラは人族に乗っ取られたような光景だ。しかしそこに魔族住民は存在しない。事前に住民全てを避難させているのだ。
もぬけの殻だった街が人族で溢れかえる。
アベルは、魔王軍兵士の撤退が完了したのを確認すると、手を前に掲げ号令を下した。
「今だ、爆破せよ!」
ドドドドドドォォォォォォーーーーン!!
ドガガガガガガガァァァァーッ!!
アベルの号令と同時に、アンテノーラ南側、ドレスガルド帝国軍後方にある、アケロン川の堤防が大爆発を起こした。
雄大な水量を誇る大河が決壊し、莫大な水量が怒涛の勢いで街に押し寄せる。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォォォーーーーッ!!!!
想像を絶する物量の水が押し寄せ、城壁を紙細工のように薙ぎ倒していく。街を粉々に破壊し、人族を木の葉のように飲み込む。凄まじい破壊力の洪水に翻弄され、全てを磨り潰すように。
街を埋め尽くしていたドレスガルド帝国軍は、一瞬のうちに壊滅的な打撃と地獄のような悪夢を受けた。
転生者アベル・アスモデウスの計略によって。




