第32話 軍学
アベルたちを乗せた車がアンテノーラに入った。
人族から鹵獲し、限界までエンジンも車体も酷使したのだ。戦闘でボロボロになり、燃料もギリギリだった。
街に入ったアベルは、すぐにローラを病院へ連れていった。ビリーも傷だらけで、治療することとなる。
幸いにもビリーの治癒魔法のお陰で、ローラの傷の経過も良く、栄養輸液剤投与だけで回復するとの話だ。
これにはアベルも安どの表情を浮かべる。
「良かった……ローラ……」
ベッドに寝ているローラの髪を撫でながら、アベルが呟いた。
(これで一先ず安心だ。だが、敵の大軍が迫っている。補給を終えたら大攻勢でここに迫るはずだ。それまでに準備を整えねば)
病室を出たアベルは、廊下で待っていたサタナキアに話しかける。
「陛下、これから軍司令部に向かいます。手筈通りにお願いします」
「う、うむ……じゃが、本当に良いのであろうか?」
サタナキアは不安そうな顔で答えた。
「今は緊急時なのです。この作戦には多くの魔族の命がかかっているのですよ」
「分かったのじゃ。そなたの言う通りにするのじゃ」
迷っていたサタナキアだが、アベルの熱意に押し切られた形だ。
失政続きで自国に大被害を出している彼女は、何度もアベルに助けられてきた。彼に頼るしかない心境なのだろう。
◆ ◇ ◆
アンテノーラ駐留第二軍司令部の建物に入るアベルたち。サタナキアは、まだフードを被らせて目立たないようにさせていた。
門番をしている兵士がアベルの階級章を見て敬礼する。
「私は魔王軍特殊連隊所属、アスモデウス中佐である。緊急の要件がある。至急、司令官のアザゼル大将に面会したい。これは魔王陛下からの最重要任務である!」
アベルがそう告げると、門番の兵士が急ぎ中へと報告にいく。
すぐに兵士が戻ってきて、アベルたちを司令官の元に案内した。
カツ、カツ、カツ――
ガチャン!
固い床を歩き奥の部屋に向かうと、重そうな扉を開け司令官の待つ部屋へ入った。アベルを先頭に、サタナキアの順番である。アベルは堂々とアザゼルの正面に立ち、サタナキアは後ろに下がったままだ。
アザゼルは重厚感のある机を挟み、豪華なイスに座ったままアベルを見据える。
「魔王陛下からの最重要任務とはなんだ! 陛下のご存命に関わる件か?」
眉間に刻まれた険しいシワを深め、大きく低い声で問いただすアザゼル。
鋭い眼光にもアベルは怯まない。
「はっ! こちらを」
ファサッ――
アベルはサタナキアに被せてあるフードを外した。
「こちらは魔王陛下サタナキア・ルシフェル様でございます」
「なっ!」
ガタッ!
驚いたアザゼルがイスから立ち上がった。
「私が、卑劣な罠で陛下を亡き者にせんとした人族を撃滅し、陛下をここアンテノーラまでお連れいたしました」
アベルが少し仰々しく説明した。
「おお、陛下! 陛下とは露知らずご無礼をいたしました。お許しを」
アザゼルはサタナキアの前に出て平伏した。
「う、うむ」
対するサタナキアは、強面の大男にビビりながらも、魔王として部下と接している。
「陛下の御尊顔を拝謁奉り恐悦至極。よく、ご無事でいらっしゃいました。このアザゼル、心配で心配で眠れぬ日々を過ごしておりましたぞ」
少し大げさなジェスチャーで話すのがアザゼルだ。
このようなタイプの男は、権威や序列を重んじており、部下にはやたら厳しいが、上官にはペコペコするものである。
「アザゼルよ、これから重要な命令を伝える。ここアンテノーラで人族を迎え撃つ作戦じゃ」
「ははぁ!」
サタナキアは、事前にアベルが要請した通りに話し始めた。
「ワシは、ここにおるアベル・アスモデウス中佐を、敵国の真っ只中から身を挺し、魔王であるこのワシを救った最大功績を称えることにした。よって、魔族最高位勲章である業魔金翼大綬章と、四階級特進を贈り、大将の任に就けることを決めたのじゃ! 正式な授与は王都に戻ってからじゃが、現時刻をもって、特例としてアベルの階級を大将とする」
「は、は……?」
アザゼルは茫然としている。
「よって、アスモデウス大将を、此度のアンテノーラ防衛戦司令官に任ずる。そたなと同格の大将で不満もあるかと思うが、新進気鋭のアスモデウス大将に協力して、共に人族の侵攻を防いで欲しいのじゃ」
これにはさすがのアザゼルも驚きを隠せない。
「へ、陛下……こ、この者は、まだ士官学校を出たばかりの若輩。いきなり司令官などと……」
「アザゼル閣下、陛下の御裁可に何か不満でも?」
ここでアベルが口を挟んだ。
「い、いえ、陛下の決定に不満なぞあろうはずもございません」
サタナキアの前で異議を唱えるわけにもいかず、アザゼルは心の中でアベルに罵詈雑言をぶつけながらも、大人しく従うしかない。
目の前の若造にイライラしながらも、サタナキアに頭を下げた。
アベルはアザゼルの心情を読み取っていた。
(ふふっ、さしずめアザゼルは柴田勝家といったところか。羽柴秀吉の策略で嵌められたように、さぞイライラしていることだろう。これぞ、アスモデウス流軍学『清洲会議』だ!)
※アスモデウス流軍学『清洲会議』:織田家の権力を利用した羽柴秀吉の戦略を使った作戦である。
清洲城で行われた、織田家後継者を決める会議に於いて、秀吉は三歳になる信長の孫『三法師』を抱いて登場した。その巧みな心理戦により、自身が織田家の後継者であるかのような印象を与えたのだ。
権力者を懐に入れ、他の者に頭を下げさせる話を元にしている。
アンテノーラに入る前、アベルはサタナキアに、自身の階級を大将まで上げるように頼んでいた。
お飾りの後継者を利用し、自身の権限を強め、指揮権を手に入れ、アンテノーラでの作戦を計画するのだ。
アベルは、計画通りとばかりにほくそ笑む。
(帝国の大軍をアンテノーラに駐留する第二軍だけで倒すのは不可能だ)
寡戦という言葉がある。
少数の兵で大軍を打ち破るのはロマンがあるが、正面から戦っていてはまず勝ち目は無いだろう。
もしあるとしたら、奇策を用いて攻めるしかない。
(これは硬直化した思考の魔王軍では不可能だ。俺が直接指揮を執り、人族も魔族も騙すくらいの計略を用いねはならないのだ!)
アベルたちが執務室を出てから、アザゼルの怒りが爆発した。
「お、おのれ若造が! 陛下を誑かし謀ったのか! あんな小僧が俺と同格の大将だと! しかも俺を差し置いて司令官とは! クソッ!」
ドカンッ!
アザゼルに蹴り飛ばされたイスが転がった。
◆ ◇ ◆
すぐにアベルは、アンテノーラ周辺の地図を見ながら街の地形やアケロン川の堤防を視察した。この土地に詳しい地元住民と部下の兵士を連れて。
(やはり、ここの地形は特殊だ。思っていた通りだ)
アベルは士官学校時代、各都市や周辺の地形を学び、来るべき人族との戦いに向け戦略戦術を練っていたのだ。
(まさか、本当にこの戦法を使う時が来るとはな。威力は絶大だが、完全な悪手だな。例え勝ったとしても批判は免れないだろう)
「よし、この堤防の部分の工事を早急に着手してくれ。それと、ありったけの爆薬の用意を。そして、民間人を全て王都方面へ避難させるように」
アベルがテキパキと指示を出す。
史上空前絶後の大作戦の為に。
「この街の住民全てを避難させるなど、時間も食料も足りません」
部下の男が述べた。
「時間も食料も足りないのは承知の上だ。このままここで人族との戦闘に巻き込まれれば、多くの市民が犠牲になってしまう。ありったけの物資を持って全ての住民を移動させる。今すぐにだ」
「は、はっ!」
次にアベルは、人事局を担当する部下の方を向く。
「そういえば……ここに駐留する第二軍に、ニコラ・ネビロスという少尉が居るはずだが。会えるだろうか?」
この作戦を行うには人手が足りない。友人であるニコラに協力を仰ぎたいのだ。
しかし部下の顔が曇る。
「ええ、ネビロス少尉は……上官に逆らい懲罰房行きになっております」
「何だと!」
(ニコラ……何があったんだ……)
「何処の営倉だ。すぐに案内せよ」
「はっ!」
(ニコラ……この国を変えるには、おまえの力が必要なんだ。無事でいてくれ……)
街全体を罠にするかのようなアベルの戦術。
やがて訪れる悪魔の如き大逆転。人族だけでなく魔族まで恐れさせたという、アベルの英雄伝説の序奏であった。




