第16話 特進
王都デスザガートの宮殿で、勲章の授与式が行われていた。
アベルは軍の正装に着替え、魔王への謁見を待っているところだ。
今回授与される勲章は、業魔黒翼大綬章と技術大功労章の二つになる。
それというのも、アケロン奪還と時を同じくして、アベルの設計した爆撃機の第一号機が完成し、飛行実験が成功したとの知らせが入ったからである。
膠着状態となっていた戦線で、人族に奪われていた魔族領アケロンを奪還したという、王国中を熱狂させる武勲を立てたのだ。
しかも同時に、戦争の方法を一気に変革させる革新技術の開発に成功したのである。
この二つの大偉業に、アベルは史上稀に見る四階級特進というスピード出世となったのだ。
ただ、航空機開発成功の件は情報が洩れぬよう秘匿され、ただ最新技術の開発に成功とだけ発表されていた。
(アケロン奪還で二階級特進、航空機開発で二階級特進、合せて四階級特進か。この若さで一気に中佐まで駆け上がるとは上出来だな)
授与式に臨むアベルも上機嫌だ。
このまま更に武勲を重ね、誰も到達できぬ所まで上り詰めてやると意気込む。
史上稀に見る四階級特進に、救国の英雄が現れたと王都も沸き立っていた。
社会が停滞している時ほど、民衆は英雄を欲するのだ。
どうにもならない鬱憤や抑圧された気持ちを、代わりに晴らしてくれる者を待ち望んでいるのだろう。
授与式は魔王が臨席し滞りなく進められた。
ただ、アベルは魔王の表情に違和感を覚えた。
卒業式に会った時からそれほど経っていないのに、やつれた印象を受ける。
何かの病気かもしれないと。
(もし、魔王に何かあったら、次の魔王は一人娘のサタナキアになるのか? あんな小娘で大丈夫なのだろうか……)
勲章を受け取りながら、アベルは一抹の不安を感じていた。
◆ ◇ ◆
全ての行事が終了し、宮殿の廊下を歩いているアベルのもとに、一人の少女が駆けよって来た。
小柄な体に金髪の髪を揺らし、ピョコピョコと走る姿は愛らしくも見える。
これが普通の娘であったのなら、可愛いと評判になったのかもしれない。しかし、この頼りなさげな少女こそ、魔王の一人娘サタナキアであった。
「お、おい……アベル、久しいな」
「これは王女殿下、ご無沙汰しております」
サタナキアが相変わらず怯えた感じに声を掛け、アベルはそれに恭しく応じた。
この王女は、孤立気味であまり人と話すタイプではなかった。だが、アベルには声を掛けたり行動を共にしたりと、少しだけ心を開いていた。
入学早々お茶の男としてインパクトを残し、それから校外教練や行軍訓練で一緒だったこともあり、少しずつ打ち解けて話すようになったのだ。
そんなサタナキアが、憧れと嫉妬の混じった顔でアベルを見つめる。
「そ、それより聞いたぞ。そなた、凄いではないか。あのアケロンを奪還するとは」
「はい、魔王陛下の領土を取り戻し臣民である同胞を救えたことを誇りに思います」
アベルは謙遜し、恭しい態度を崩さない。
しかしサタナキアの表情は曇った。
「ワシは相変わらず部屋にひきこもっておるのに……そなたは活躍して凄いな(ぼそっ)」
「は?」
「いや、何でもない。あ、あの……少し話を聞いて欲しいのじゃが……」
「はい。殿下のお話でしたら喜んで」
サタナキアに連れられて向かった先は、サロンや客間ではなく彼女の自室だった。
アベルを少し待たせて何やら部屋を片付け、使用人を全て下がらせてから入室するよう命じられる。
「良いぞ」
「では失礼いたします」
そこは王女という割には地味な感じの部屋で、本棚には大量の本が並んでいた。
アベルは自分の部屋に似ているような気がして、少しだけ王女に親近感を抱く。
(王女も普通の女子なのか。しかし……この王女、年ごろの娘が若い男を自室に入れるという意味が分かっておらぬのか……? 変な噂が立ったらどうするのだ)
「ううっ、使用人以外の者を入れたのは初めてなのじゃ……」
戸惑っているのはアベルだけでなく、サタナキアも落ち着かない様子でオロオロしていた。
「それで、お話というのは?」
「そうじゃ、それが……父上のことなんじゃが……」
「はい」
「実は……父上は病で……もう長くないようなのじゃ」
「えっ…………」
突然の超重要機密を暴露され、アベルに動揺が走った。
(なっ、何だと! 魔王が病だと……。やはり式典の時に感じた違和感は正しかったのか。マズいぞ……魔王が崩御したら、次の魔王はこのサタナキアではないか。こんな頼りない小娘に魔王が務まるとは思えないぞ)
アベルが考え事から戻ると、目の前の少女は力無げに俯いてしまっていた。
「この件は、まだ表向きに発表しておらぬ故、内密にして欲しいのじゃが……」
「はい、それは承知しております」
「それでじゃな……魔王は直系が継ぐようになっておるので、次の魔王はワシになってしまうのじゃ……」
「はい」
「じゃが……ワシは、そんな大役は務められる自信が無いのじゃ……」
(だろうな。どうみてもサタナキアはコミュ障だ。他者と話すのもマトモにできぬのに、全魔族を率いる魔王など重圧に耐えられるはずもない)
アベルには、更に不安なことがあった。
(むしろ、親族や外戚の公爵辺りか、側近や大臣が魔王を後ろから操り人形にしてしまうかもしれん。もしくは、親族同士が魔王の座を狙って内乱になったり、簒奪されるか。どっちに転んでもろくでもないことになりそうだ)
「ううっ……もう、どうしたら良いのか……おぬしくらいしか相談できる相手がおらぬのだ。士官学校での話し相手は……アベルくらいしかおらぬし。他に寄ってくる者といえば……何か威圧的で怖い者たちばかりで……」
「殿下……」
「ううううっ……」
(どうする……? 親族や外戚の大貴族は、どいつもこいつも権力を笠に着て、サタナキアを排して実権を握りそうなヤツらばかりに見える。親族を後見役にするのは危険だな)
アベルは子供に諭すように話しかける。
「殿下……殿下が魔王となれば、全魔王軍の統帥権を持つ大元帥ににもなられるのですよ。魔族全てを支配する強大な権力を持つのです。ですから、親類や大貴族など、玉座を狙うような不届き者の戯言などに耳を貸さず、殿下の思うようになされば良いのです」
「おおっ、そうなのか」
サタナキアが笑顔になった。
「もし、お困りになりましたら、この私が馳せ参じます」
「何だか、おぬしと話したらワシにもやれそうな気がしてきたのじゃ」
それから二人は、学生時代の思い出話に花を咲かせた。
「今日は、そなたと話せて良かったのじゃ。また、話を聞いて欲しいのじゃ」
「はい、いつでも御呼び下さいませ」
王女に見送られ、アベルは宮殿を後にする。
この時のアベルは、次期魔王と懇意となり、将来の出世に有利となったと喜んでいたのかもしれない。
しかし、後で思い知ることとなるのだ。
何故、あの時あのような話をサタナキアにしてまったのかと。
出来るのなら、アニメのように時間逆行して過去に戻ってやり直したいと。
この時のサタナキアの決意が分岐点となり、魔王領が史上最悪の危機に陥ってしまうのであった――――




