第11話 卒業
早いもので、アベルは三年の教育課程を修了し、士官学校の卒業式を迎えた。
本日は、魔王が式に臨席して、成績トップである主席に褒章の銀時計が手渡される。
勿論、主席はアベルだ。
(ここまで俺は順調に異世界での第二の人生……いや魔族でも人生というのか? まあ良い、第二の人生は順調に進んでいる。だが、ここからがスタートだ)
アベルは、勝った時や成功した時こそ、油断することなく気を引き締めねばならないと思っていた。
(日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を打ち破った、東郷平八郎連合艦隊司令長官も言っていた。『古人曰く、勝って兜の緒を締めよ』とな。元は北条氏綱の遺言らしいが)
順調に進んでいる時こそ注意せねばならない。何処で足をすくわれるか分からないからだ。
卒業生代表として主席のアベルが檀上に上り、魔王から卒業証書と褒章を授与される。
恭しく一礼をしたアベルは、卒業証書と銀時計を受け取った。
魔王は一人娘のサタナキアと違い、見るからに魔力も潜在力も強そうだ。
しかし、高齢であるからなのか、活力は衰えているように見えた。
士官学校を卒業すると、配属任地が決まる。大貴族の御曹司は安全は後方勤務、平民や格式の低い貴族は前線になることが多い。
アベルは敢えて前線の希望を出した。
褒章の銀時計を貰った主席は、将来の栄達が約束されたエリートである。しかしアベルは、後方でのんびりしているより前線で功績を上げ、早く昇進したいのだ。
◆ ◇ ◆
「この無駄に豪華な石造りの校舎ともお別れか、入学前は無駄が多いと思っていたが、いざ卒業となると何だか感慨深いものがあるな」
アベルが校舎を眺めていると、 ニコラが茶化すような表情になった。
「アベルらしい感想だね。アベルは大きな領地を持つ伯爵子息なのに、全く御曹司っぽくない性格だったから」
その言葉に、アベルはしみじみ思うのだ。
(まあ、俺は前世で貧乏人だったからな。その時の貧乏性が抜けていないのだろ)
ニコラと話しているアベルのもとに、意味深な顔をしたエレナが寄ってきた。腕を取り抱きつくように。
卒業間近になって、より彼女の密着度合いが顕著になっているかのようだ。
「せっかく仲良くなったのに、任地が別々で寂しくなるわね。アベル君ったら、私が何度もさりげなくアプローチしているのに、全く手応えが無いのだもの」
「あ、ああ、そうだったのか……それは気づかなくてすまなかった」
「アベル君って、カッコつけてクールにキメてるけど、本当は女性経験が無いのがバレバレなんだけどな」
「な、な、なんだと! 何で分かったんだ!」
ズバリ言い当てられて、アベルは動揺を隠せない。
「うふふっ、分かるわよ。だって、この三年間誰とも付き合っていないし、私が密着すると微かにビクッとなるのが分かるし、あの綺麗な専属メイドさんが迎えに来た時も毎回緊張しているし」
「ぐっ、しまった……さすがエレナ、鋭い洞察力だ」
「いや、そんな洞察力無くても、私でも丸分かりっすよ」
アリサにまでツッコまれた。
(なんてことだ。クールにキメていると思っていたのは俺だけだったのか……。女子たちにバレていたとは、とんだピエロじゃないか)
クールに決めていたはずなのに童貞バレなのだ。アベルはガクッと肩を落とした。
「もう、元気出して。次に会った時には、もっと仲良くしましょ」
エレナがアベルの腕に、豊満な胸を押し付ける。
後ろから『ピキッ!』っと殺気がするが、あれの出どころはアベルにも分かっていた。
あの淫らなメイドのローラなのだと。
こう何度も何度もピキピキしていれば、さすがの男女の機微に疎いアベルでも気づくというものだ。
「僕たちは任地が近いから、何処かで一緒になるかもしれないね」
ビリーの言う通り、男子の任地は三人とも前線に近い。また会うこともあるだろう。
特にビリーは平民出身だからなのか、最前線の中でも激戦地だ。
アベルは皆に向け思いの丈を口にする。
「必ず、また皆で集まろう。誰一人欠けることなく」
まさか自分がこんなことを言うのだと、アベルは不思議な気持ちだった。卒業式の雰囲気に酔っているのだろうかと。
「もちろん私は会うつもりよ。アベル君と親密になれるようにね」
アベルを掴んでいるエレナが真っ先に答えた。
「当然だよ。入学の時にも言ったように、アベルには期待しているからね」
「私も必ず戻ってくるっすよ」
「僕も、前線で功績を上げて戻って来るよ」
皆も真っ直ぐに答えた。
「ああ、必ずまた集まろう」
この時のアベルは、前世での恨みを少しだけ忘れて、こんな生き方も良いのかもしれないと思った。
前世では得られなかった気の置けない仲間と、青春のようなことをしたり恋をしたり……。
恨みも復讐も忘れて、この仲間たちと穏やかに暮らせていけば。
そう……この時は――――――
アベルは任地の国境近くにある街、ギリウスに向かう準備をする。
魔王軍の組織は第五軍まで存在し、第一軍が王都防衛であり、第二から第五軍が各地の防衛に当たっていた。
アベルの配属は、人族と国境近くで領土を争っている第五軍であった。
魔王軍組織図
魔王 アバドニア=ルシフェル大元帥
軍務大臣 ザルツ=マルバス元帥
総司令官 ギエルグ=ルキフグス元帥
総参謀長 アルデビト=バラム元帥
第一軍司令官 マルストス=サルガタナス大将
第二軍司令官 アンドレ=アザゼル大将
第三軍司令官 セルギアス=ブエル大将
第四軍司令官 ザール=ウアサゴ大将
第五軍司令官 リヒャルド=アロケル大将
◆ ◇ ◆
明日の出立に向け、荷物の準備を終えたアベルは、早めにベッドに入ろうとしていた。
「よし、準備は完了だ」
「はい、私も完了いたしました」
「ん?」
ローラが荷物を纏めて大きな鞄を持っている。
「おい、それは何だ? 旅行にでも行くのか?」
「アベル様と共に任地へ向かう準備ですが……」
平然と答えるローラに、アベルは唖然とする。
(何だと、やっと淫らなメイドと別れて、一人で伸び伸びできると思っていたのに……。まさかこのメイド、戦場まで付いて来る気か?)
「ローラ、赴任先は国境が近く危険だ。だから……」
「アベル様、私は何処までも御供いたしますよ。専属メイドですから」
ダメだ……。こうなったら、ローラは何を言っても聞かない。俺の命令には絶対服従とかいっておきながら、全く命令を聞きもしないのだから)
それが、この数年間でアベルが思い知らされた事実だ。
「分かった、もう寝る!」
「はい、アベル様、今夜は私が添い寝して御奉仕いたします」
「…………」
(どうする……。遂にこの淫らなメイドが直接攻撃に出てきたぞ。この数年で士官学校で敵なしといわれ、ライラ教官にも校内教練で勝てるまでになった俺が、こうも易々とメイドの侵攻を許してしまうのは何故なのだ!)
武力も知力も優れたアベルだが、ローラにだけは勝てなかった。
「アベル様♡」
ローラの目が妖しく光り、柔らかそうなくちびるが少しだけ開く。
そのままベッドに潜り込み、アベルの上に覆いかぶさる。
彼女の体温と甘い香りが広がり、アベルは、もう何も考えられなくなった。
遂にその時がやって来たのだ――――




