第21話 協力者
午後8時を過ぎた頃、俺とアリナはキエラに指定された街外れにそびえ立つ大木の下で、彼女を待っていた。
何故俺たちをわざわざ、全く人気のない場所に呼び出したのかは分からない。
しかし、キエラこそが俺が頼れる唯一の友人――彼女の助けなくして、難題を乗り切るのは非常に難しい状況だった。
「お、お待たせしました! ごめんなさい、わざわざこんな場所に呼んでしまって……」
「いいや、構わない。寧ろ、今回迷惑を掛けているのは、俺の方だからな」
俺の足元で顔を突っ伏して体育座りをしていたアリナは、キエラが来たのを見ると、恐る恐る立ち上がった。
普段は定期的にピクピクと動いている獣耳が、後ろに倒れている事から、やはり警戒心は薄れていないのだろう。
「貴方は……、アリナさんですね?」
「ええ、そうよ。何度か、お会いしたことあるわよね?」
「はいっ、銀髪の子ってこの時世かなり珍しいので、こちらも覚えさせていただきました!」
受付嬢口調が抜けないキエラは丁寧に九十度身体を折り曲げて、頭を下げた後、真剣な面持ちへと切り替え、俺に迫ってきた。
「それで……、事情を聞かせてもらっても、宜しいですか? 何か、ご協力できるかもしれないので」
相変わらず、数日前にレストランで話した時と同じ様に早速本題へと切り込んできた。
もし俺らが、実は盗賊とかだったら、どうするつもりなんだろうなと、内心突っ込みつつ、俺は隣で少し用心しているアリナを一瞥した。
「話してもいいか?」
「……ええ。貴方が信用しているなら、私も信じる」
藁でも掴むような思いですがってくる彼女の眼差しを受け、俺は頷くと、キエラに一連の流れを軽く話した。
しかし、キエラは驚くどころか、寧ろ合点がいったのか、手を叩いて「やはり、そうでしたか」と小さく呟いたのだった。
「要は侯爵様に目をつけられたんですね……、アリナさんは」
「ああ。『鑑定の極意』を持っていたのが災いだったかもな」
「いいえ、それだけではないと思います。あまりこういう事はお伺いしたくないのですが――アリナさん、貴方って”銀狼族”の末裔だったりします?」
途端にびくりと、アリナは身体を震わせた。
その次の瞬間、唖然と口を開けたまま、何も言わずキエラをジッと見つめる。
「どうして――分かったの?」
竦み上がっているアリナに睨まれたキエラは、一息置くと口調を崩さず丁寧に説明を始める。
「要因は2つです。1つは銀髪であること、もう1つは侯爵様に目をつけられるほど価値のある才能を持つこと。これらに当てはまる種族は、殆ど銀狼族だけだと思ったんです。何せ銀狼族は、血界淘汰魔術――神聖魔法を使える可能性のある種族ですから」
キエラはアリナを怖がらせないよう、出来る限り優しげな笑みを浮かべた。
一方で一人置いてけぼりにされていた俺は、彼女の発言にあった幾つか意味のわからない単語に、頭を悩ませていた。
「血界淘汰魔術ってなんだ……?」
「血縁関係、要は血の繋がりでしか引き継がれない強力な魔法のことです。この世界にはそんな魔法が5種類存在するのですが、その内の1つが銀狼族だけに引き継がれた神聖魔法なんです。ただ……、銀狼族は約十年前の赤い満月の夜――何者かに滅ぼされました」
「滅ぼされた……ッ!? で、でも君はさっきアリナは末裔だって――」
「生き残りなんですよ。そうですよね? アリナさん……いいえ、正確には妹のリンナさん」
「え……っ?」
状況が良く掴めず、頭がこんがらがりそうだった。
つまりどういう事だ? 今まで俺の目の前にいたのは姉のアリナではなく、妹のリンナだったって事なのか?
「……よく、分かったわね。私がアリナではなく、リンナだって」
「ステータスに、改姓と改名の記録が残っていたんです。そこから何となく、貴方が実は妹なんじゃないかって、思ったんです」
改姓と改名の記録――つまりステータスに描かれている氏名を変更したのか。
確かに本来なら、ステータスに書かれた名前は変えられない仕様となっている。
しかし、強力な鑑定魔法を行使すれば、形跡はステータス多少ながら残るが一部変更できる。要は本名を隠すというステータス改ざんが可能なのだ。
なぜ鑑定魔法なのかというと、そもそも鑑定魔法とはステータスを読み取る魔法だからである。威力さえ強まれば、それ以上のことも出来るようになってしまうのだろう。
そして、彼女の鑑定魔法は奥義級。やろうとすれば、不可能ではないはずだ。
「でも……、なんで入れ替わる必要なんてあったんだ?」
「簡単な話よ。お姉ちゃんには神聖魔法を開花させる才能があった……。だから、奪われる訳にはいかないかったの。私が囮になってでも、ね」
「けれど、歳とか離れてたら、普通はバレないか?」
「双子なの。だから、入れ替わったとしてもそう簡単には気づかれないわ」
「へぇ……、なるほどな」
双子なら今の話にも納得がいく。
それに例え双子であってもお互いに同じ職業とは限らない。寧ろ同じケースなど、滅多にないと言われている。それが姉のアリナと妹のリンナに才能の差が生まれた大きな理由だろう。
「それに、お姉ちゃんはあの夜に私を庇って、大怪我をして――今も病院にいるの。私たちの種族と最も親しかった獣人族の病院で、今も魔法病と戦ってる」
魔法病――確か、治癒魔法でも治すことの難しい難病の1つだったはずだ。
魔耐性と精神力の値が低い、またはデバフなどにより最低まで下げられている状態でとてつもなく強力な魔法を食らった時に発症するらしい。
何でも全身の魔力の流れが滞り、魔法を放てないのは勿論、身体の魔法免疫力も大幅に低下してしまうという。
その為、ステータスの値に関わらず、身体が魔力にとても弱くなり、森などの魔の瘴気が少しでも濃い空間では生きていけなくなってしまう。
「そ、そうか……。だから君は危険を犯してまで、入れ替わったんだな」
「そうよ。血界淘汰魔術の構築は血液が重要なの。唯一神聖魔法を放てるお姉ちゃんの血液を狙うものは数多い。けれど……、今のお姉ちゃんには自分を守る手段がない。だから、私が何とかしなくちゃいけないの。私が、何とか……、しなくちゃ……」
次第に彼女の語勢は弱まっていった。
「私がお姉ちゃんとして、奴隷になれば――それで解決する。そうずっと、思ってたの」
消え入りそうな虫の声で吐き捨て、そのまま彼女は俯いてしまった。
分かっている。アリナ……ではなく、リンナが自身に非常に重い責任を感じているのは。
しかしどう考えても、あのスチュワート侯爵を敵に回すのは、一人で対処出来る問題じゃない。
それに、リンナが諦めて奴隷になったとしても、姉の安全が確約されるわけではない。ああいう奴らに限って、姉すらも奴隷にしてしまうのだ。
「じゃ、尚更見捨てるわけには、いかないな。病院にいるお姉さんも、君も絶対にあんな奴らに、渡すわけにはいかねぇよ!」
「え……っ?」
「えっ、じゃない! 一人で抱え込むなって、幾ら言ったら理解するつもりだ。俺は協力するって言ってるだろ、奴隷にされそうな仲間が目の前にいて放って置く方がおかしいんだよ!」
リンナは目を瞬かせて、俺の顔を凝視した。
そして、やんわりと頬を緩めてみせると、瑞々しい唇から晴れやかな笑い声を漏らしたのだった。
「ホントお人好しよね……、ノーム君って」
「そうかな?」
「だって、普通会ったばかりのか弱い少女を命懸けで庇うかしら? 正義感にしても正気の沙汰じゃないわ」
「はっ、確かにそうかもしれないな」
恥ずかしそうに頭を掻くと、隣で成り行きを静かに聞いていたキエラも釣られて、苦笑し始める。
「ふふっ……、流石世界を変えると宣言しただけありますねっ! 取り敢えず、状況は理解できました。私もぜひ協力させて下さい」
「ほ、本当にいいのか、キエラ?」
「はいっ、だって言ったじゃないですか、私も協力しますって。……恐らく、貴方達はギルドだけでなく、商店や宿屋、旅館すらも利用禁止状態にあると、思います。なので――今日からは私の家に泊まっていってください! そうすれば、難なくこの街でも過ごせるはずですから」
そう言って、キエラは大木の隣にポツリと建っている一軒家を指差したのだった。
「私の家――あそこなので」
……どうやら、話を聞く以前から俺たちを自身の家に泊める気だったようだな。




