(6)やっぱ付いてきた
そして日曜日…。
あ~、来てしまった今日。
カーテンの隙間から入る陽射し、ピーカンっぽい。
いつもだと楽しくてウキウキで目覚めるのに、今日の目覚めは重い、目を開きたくない。
「熱が出たので行けません…」と有紀ちゃんに電話しようかなぁ。
などと、考えているとメールの着信が鳴った。
「あぁ~、小林くんからだぁ~」
私と有紀ちゃんのお気に入りNO.1、ぜんぜんイケていない小動物の小林くんからだ。
ものすごく、うれしいぃ、小林くんからのメール!
私の心は、赤いバラ色に染まった。
(今日も良いお天気でよかったね! 大島さんは今日はアニメキャラだよね?
楽しみにしてるよ。後で会おう!)
あっ…小林くんからメールもらっちゃったら、行かないわけにはいかない。
私は、お花畑をスキップするかのように心が軽くなり、すばやく着替えてリビングに行った。
「おはよ!」
さわやかに声をかけられる。
「なんで?」
私の声は覇気がない。
なんで……いる? 朝っぱらから。
お花畑の先に三途の川を見た。
ダイニングテーブルには、パパとママと純也が、仲良く親子水入らずのように朝食を食べていた。
「迎えに来てやった」
「あっ…そう、それは、どうも…」
もう、何も言うのも、思うのも、やめよう。
私は携帯を開いて、さっきもらった小林くんからのメールをもう一度見て、テンションをあげた。
このメールを心のよりどころにして、本物の小林君に会うまで、気力を保っておこう。
有紀ちゃんと待ち合わせの駅に行き、電車を乗りついで、目的の場所に着いた。
「ずげー、なにこれ!
もしかして、おまえも、あんな格好しちゃうわけ? はぁ?」
純也は、はじめて見るコスプレイヤーの集団に目が点になっていた。
ズボンのポケットに手を突っ込み、物珍しそうにキョロキョロしながら、レイヤーのみなさんを見ながら、私と有紀ちゃんの後をついてきている。
「あ! 華奈ちゃーん、有紀ちゃーん、こっちこっち~」
仲間の咲子ちゃんが手を振っている方へ、急いで向かった。
いつものコスプレ仲間10人が揃っている。
「きゃー、カッコイイ! 華奈ちゃんたちのお友達?」
あとからトボトボと来た純也を見て、みんなが盛り上がりをみせた。
女の子たちの目が、2D物を見るような輝きを放ち始めた。
「君! 銀髪にしないか! 次回は、ぜひ、銀髪にして参加してくれ!」
「しねーよ。なんで銀色に染めなきゃなんねんだよ…。銀色ってなんだよ!」
興奮さながらの医学生・吉田くんの問いに、純也は怪訝な顔で、私を見た。
答えに困る。
きっと説明しても純也には、わかんないだろうし。
純也がみんなに囲まれ、ヤンヤヤンヤと弄くられていると、
「華奈ちゃん、小林くんだよ?」と、有紀ちゃんが、私の袖口を引っ張り耳元で言った。
小林くんはコスプレイヤーではなく、プロのカメラマンを目指している男子高に通う高校三年生だ。
他のグループのところにいる小林くん目指して、有紀ちゃんと二人で駆け寄った。
そして、純也も……ついて来た。
いやいや、来なくていいから…。
「小林く~ん」
いつになく、かわいらしい声を作り、小林くんを呼ぶと、純也が私の頬をつねった。
「痛い! なにすんのよ!」
「あっ、いつもの声に戻った」
「……」
ほ、ほっといてほしい。
私だって、好きな人の前では少しくらいブリたい。
それが乙女心というものだ。
「久しぶり~華奈ちゃん、有紀ちゃん。まだ着替えてないの?」
「うん! これから!」
およそ、三十日ぶりに会った小林くんに、私と有紀ちゃんは、ニコニコ顔だ。
やっぱ、小林くん…かわいい。
顔が揺るんじゃうわぁ。
有紀ちゃんも嬉しそうにしている。
「ちっす!」
濃い目のブラウンの後頭部が、私の前から小林君を消した。
純也が、人差し指と中指をくっつけて、私と小林君の間に入り込んできた。
「あ、ど、ど、ど、どうも、はじ、はじめまして」
小林くんが、オドオドしてしまった。
このオドオド加減がかわいいのよねぇ。
こんな夜行性野獣男に急に「ちっす!」なんて言われたら、小動物はビビルわよね!
純也の頭を横にどかし、小林くんを見つめてしまう私。
「初顔…ですよね? かっこいいですね、君。今日はどのようなお召し物を…」
眼鏡をクイックイッと動かした小林くんは、礼儀正しく、純也に訊いた。
周りにいる人たちも、純也を見ている。
たぶん、みんなの瞳には、そうとうカッコよく映っているんだろうなぁ。
だけど、私と有紀ちゃんは、相変わらず小林君を見つめる。
「ハァ? 俺? このまんまだけど? 華奈の付き添いだし」
「えっ? 華奈ちゃんの?」
小林くんが、キョトンとした目で、私を見た。
「あ、クラ、クラスメイトなの。今日、来てみたいっていうもんだから」
「俺、華奈の彼氏。よろしく!」
ぁぁぁあああーーーん、どうしてどうしてどうして小林くんの前でぇぇええ。
がびぃぃぃ~ん。
ショック!
私は、動揺し、非常に慌てた。
手足をバタつかせ、体を全部使って否定しようとした。
「ちが、ちが、ちがうの! 小林くん、ちが」
「ちがわねーし、何、照れてんだよ、華奈。バカかおめーは」
バシッと、おでこを叩かれた。
おでこの痛さを取り除こうと、必死に擦っている私に、意外そうな顔と声で小林くんに言われた。
「華奈ちゃん、こんなカッコイイ彼氏いたんだぁ」
もうダメだ。
私は倒れる。
このまま倒れる…。
小林くんに言い訳も許されないの?
有紀ちゃんが隣でニッと笑って私にピースした。
私というライバルが一人減り、自分の勝利を確信したようだ。
咲子ちゃんたちに呼ばれ、有紀ちゃんに手を引かれ、足取り重く、自分たちのグループに戻る私の背中に、小林くんが、言葉をくれた。
「華奈ちゃん! あとで、彼氏とのツーショット写真も撮ってあげるから~」
ううん、いらない…ツーショットいらないから…。
小林くん…、涙ですよ、私。
本当は、小林くんとのツーショット写真を撮りたいです。
自分の仲間の所に戻り、衣装作りを得意とする咲子ちゃんから「本日のコスプレ!」
と、手渡された手作りの衣装を着替えに行っている間、純也はコスプレなどしていないのに、女の子たちから写メを撮られまくっていた。
「有紀ちゃん、すごいね、ぴったりだよ。見て、これ!」
「うん! 私のも! 咲子ちゃん、縫製のプロだよね」
着替え終わり、有紀ちゃんと話しながら戻ってくると、スタイル抜群の愛子が純也と楽しそうに話している。
なんか、お似合いだわねぇ、純也と愛子。
愛子ちゃん、今日もかっこいいわぁ。
女ながら惚れ惚れしてしまう。
愛子は、高校二年生で、とびきりの美人。
だけど、それを鼻にかけることも、気取ることもなく、性格は男以上に男だ。
純也と愛子を見ている私に気がついた純也が、変な顔で近づいてきて、口を開けたまま眉間にしわを寄せた。
「華奈…おまえ、何その格好…。有紀ちゃんも」
今日の私と有紀ちゃんのコスプレは、アニメ「ハッターマン」の脇役・ズラズラーとバラッキー。
ちなみに私はズラズラー。ズラを被っている。
横のピアノ線を引っ張ると、天辺のズラが上に上がる。
製作者は、吉田くん。
医学生なのだが、勉強の合い間をぬってというより、コスプレ製作の合い間をぬって勉強をしている。そんな彼は将来……医者になる予定だ。
純也に、「本日のコスプレ~」と、クルッと回り、ピアノ線を引くと、二コリともせず、
「あのさ、あーゆー格好しないの?」と、愛子を指さして言われた。
黒のボンテージに身を包んだ愛子は、私たちのボス役・ボロンジョさま。
ナイスバディーでカッコイイ。
愛子は身長もあり、スタイルもいいので、いつも体にフィットしたコスプレをさせられる。
愛子本人は、いつも私や有紀ちゃんのコスプレをうらやましがる。
今日も本当は、バラッキーをやりたいと言っていたが、みんなで反対した。
「純也さぁ、私があんなの着たらどうなると思う?」
「え? いいじゃん、今度あれにしろ。俺見てみてー、華奈のあの姿」
そう言ったあと、思いっきり腹を抱えて、爆笑した。
純也は自分で言っておいて、自分で私のボンテージ姿を想像して…笑った…。
最低だ、コイツ…最低。
私は、純也の頭を一叩きしたあと、咲子ちゃんのところに行き、衣装を整えてもらった。
学校じゃないから、私を監視する必要がないのか純也が羽を伸ばしに、一人でフラフラとどこかへ行ってしまった。
「華奈ちゃん、ものすごく似合ってるよ~」
純也がいない間、写真撮影をしてくれている小林くんに褒められたのは嬉しいけど、ズラズラーのコスプレで…っていうのも、悲しいかも。
だけど、愛子みたいにスタイル良くないし、私があんな格好したら、純也じゃないけど、大爆笑だよね…自分でも思うもん。
落ち込みかけていると、純也が戻ってきた……。
羽伸ばしすぎじゃない? っていうくらいコスプレ姿の女の子引き連れて。
「小林! 連れて来たよ、女~」
「あっ! ありがとう! 純也くん!」
へっ? なんか、仲良し?
どうやら小林くんの撮影のために、女の子を調達してきたらしい。
小林くんは満面の笑みを浮かべ、写真を撮り始めた。
小林くん…、うれしそう。
「華奈? あーゆーのも有りなん? あれ」
純也が指を指した方を見ると、ゲームキャラクターの黄色い鳥の着ぐるみを着た人がいる。
「うん、なんでも有りなんじゃない?」
「ふ~ん。ねぇ、今度の仮装大会いつ?」
いやいや、仮装大会じゃないし…。
「8月にある大きいイベントに集合するんだぁ」
「8月かぁ。じゃぁさぁ、そん時、俺が持ってくる衣装着ろよ、華奈」
「えっ? なんのコスプレ?」
「俺が考えておいてやるから、ぜってー、それ着ろよ」
腕を組み、口角を上げて、純也は私を見て、ニヤッと笑った。
いやな予感…。




