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終章 地底湖に棲む神

 黒の王国シュバルツメランは、他国とは異なる神を信仰していることで有名だ。それは、水を司る龍神である。

 旧王国サーブルザントで行われていた悪業を暴き、その象徴ともされる闇の塔を破壊してくれた神々に、初代王アトゥール・ツカサが感謝して国教を作り替えたとされている。





 神の名はヒスイ。それは宝玉の名前であるという。

 銀色の髪に青みがかった緑色の目をした美丈夫で、有事の際には巨大な龍に姿を変えて王国を守ってきた。もともとは、異界から召喚された聖女の守り神であったと伝えられている。


 ヒスイ神のかたわらには、寵愛を受ける少女がいつでも寄り添っている。神に魅入られた聖女は、召喚によって癒しの力だけでなく神と同等の命をも得たという。

 なお、近年の研究により、異界からの召喚の儀式では、被召喚者がもっとも渇望しているものを得るために必要な能力が芽生えるのではという説が出ている。それは、ふいに未来を奪われる被召喚者たちへの対価なのではないかとも言われる。



 聖女は今も喚ばれたときの姿のまま生きており、年に一度、尖塔浄化の儀に姿を見せ、奇跡を体現している。かつてヒスイ神が哀れな魂の監獄を破壊したものの、その恨みは根深く、聖女が浄化を続けているのだ。

 だが、男は儀式の場に立ち入れぬという決まりがある。数百年前に、聖女を一目見ようと侵入した男がいたが、三日三晩、蛇や鳥に追い回される悪夢に悩まされたという。






 召喚の儀は、ツカサ王の時代に固く禁止された。血塗られた歴史のある召喚の間は、かつての王城ごと取り壊されており、今はオアシスからつねに美しい水が運ばれる噴水になっている。

 新たな王城と城下町は、ヒスイ神の眷属である二柱によって美しく機能的に作り替えられた。



 また、四柱の眷属たちも、それぞれ神として名を残している。


 母と子の守護女神・ハル。猫の耳と尾を持つ可憐な女性である。

 孤児院には必ず彼女の像があるというし、また、子を身ごもった女性にはハルの姿絵を布袋に入れたものを渡すとご利益があると伝え聞く。


 芸術と美の女神・ナツ。蝶の羽を持つ妖艶な女性で、美しいものをこよなく愛している。神々が棲む屋敷も彼女の力で作られたものだと言われている。さらに、旧王国からシュバルツメランに変わってから、一斉に行われた王都改革にも彼女が大きく貢献している。

 かつて貧民街であった場所は、今では清潔で色鮮やかな共同住宅に生まれ変わった。


 智慧と正義の神・アキ。蛇のうろこを持つ華奢な男性で、シュバルツメラン王国の革新的な制度は、ツカサ王とアキ神が協力して作り上げたとされている。

 また、記憶を覗く術を持っており、それは人だけでなく場所にも適用される。故に、彼の前ではすべての嘘が暴かれてしまう。


 花と闘いの神・フユ。焦げ茶の髪の毛に鳥の羽を持つ少年。騎士団の守り神として崇められているが、実は植物にも造詣が深く、庭師たちにも信仰されている。なお、砂漠に囲まれていた王都の周りに、少しずつ木が生え、今では深い森を形成している。その木々を最初に育てたのがフユ神だという。




 彼らは王城のオアシスから地下深くへと繋がる穴蔵に居を構えている。そこはかつてツカサ王やテト王女が身を隠していた場所。今ではその面影はなく、ナツ神がつくりあげた、見たことのないつくりの屋敷があり、地下であるのに地上と同じような美しい庭までもあるという。


 王家の秘密の書庫には、彼らとコンタクトをとる方法が密かに書き記されている。それは、彼らの住処に繋がる王城のオアシスに美食を投げ込み、聖女に向けて文をしたためるというものだ。

 聖女が懇願して始めて、ヒスイ神が動く。まるで嘘のような話だが、それこそが真実であるらしい。



「--以上が、儂の知る王家の全てじゃ。これで役目は果たせたじゃろうか」


 老人が言う。金髪に青い瞳、真っ白な肌をした、かつての王族からは考えられない色彩を持つ少年が、ペンを置いて深く頷いた。

 今やシュバルツメラン王国は、世界有数の都になっている。移民も受け入れ、身分制度もずいぶんと緩いものになった。王族にも、黒髪や褐色の肌以外の者が生まれるくらいには。

 黒を尊ぶ習慣だけは残された。だが、生まれ持っての色ではなく、誰でもが取り入れられる衣装や装身具として。


「聖女様にこれを届けておいておくれ。ご所望のものが出来上がりました、と」


 老人は、少年に紙束を差し出した。






「おやすみ、テト」


 そう言うと老人は目を閉じた。老人が穴蔵から出てきてから、すでに千年が過ぎていた。


 長いこと穴蔵で生きていた影響だろうか。外に出ても、アトゥールの時は止まったようにゆっくりと進んだ。テト王女に譲位したあとは、離宮で静かに絵物語を描いて生きてきた。


 遠い昔にすでに逝ってしまった養女の名をつぶやき、アトゥールは離宮の奥で静かに眠りについたのであった。



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