33.砂の王国の最後(2)
広間は混乱に陥った。それが真実であり、可能であると悟ったのだろう。
我先にと逃げ出す男女に、高いところで静観していた王族たちも加わり、あちこちで悲鳴が上がる。
「ーー璃珠を拐かそうとしたことや、あまつさえ触れて、求婚までしたことは許し難いな」
悪鬼はそう言って、邪悪な顔で王子を見たが、ややあって続けた。
「やめておく。璃珠に嫌われたくないのだ」
うろこのある男は、ふっと笑う。
「それなら、円満に解決と行きましょうか。お誂え向きに、この男も、この少女も使えますよ?」
「どういうことだ?」
悪鬼が首をかしげる。
「みなさん、物理的なことはしないので、動くのをやめてくださいね。そうしないと手が滑って、何かを切り裂いてしまうかもしれない」
男がそう言うと、逃げようとしていた者たちは皆、ぴしゃりと氷のように動かなくなった。
「なに、ちょっとした確認ですよ。この国では、男の双子は忌み子であるというのは本当ですか?」
広間はしんとしたまままだ。しばらく待っていたが、鱗のある男はにこにこしながら手を宙にかざした。
「ーーそうだ」
広間に声が落ちた。皆が声の主に目をやる。大柄で褐色の肌をしており、髪の毛は太陽のように煌びやかなその男は、王族席に座っていた。
「国に災いを呼び込むとされるので、後に生まれたほうを処分することになっている」
「なるほど。それでは、双子が王族だった場合はどうでしょうか。後に生まれたほうには継承権はありますか?」
男が尋ねる。
答えた金色の髪の男は、質問の意図がわからないといった顔をしながらも、続けた。
「ーーいや、双子の弟には、そもそも継承権がない。どうせ摘み取られる命だからだ」
「ありがとうございます。いやあ、よかった。これですっきりと収まりますよ」
男は大仰に身振り手振りをまじえて言う。
「では、端的に言いますね。そこでふんぞり返っている王族たちは、誰一人として王族ではありません。ーー彼らには、継承権がありませんので」
広間に集まった者たちがどよめいた。
「ーーまさか! きさま、戯言を……!」
黒髪の王族が眦を吊り上げる。
「わかりました。ご理解いただけないようなので、順を追って説明しますね。まず、前回の召喚のことをご存知の方はいますか? アツシという男が呼ばれたときのことです」
男が言うと、広間はざわめきで満たされた。
「闇の魔法使いアトゥーリのことではないか?」
「ああ、魔王を生み出したという……」
「ーーよかった、ご存知の方がいるようですね。アツシという男は、王女と婚姻を結び、双子の男児をもうけました」
「ーーそんなこと、史実にはない」
黒髪の男が反論する。
鱗のある男は、困ったように頭をかく。すると、蝶の羽を持った女が前に出てきて、二人は何事か話していた。
男がてのひらを皿の形にすると、そこにこぽこぽと水が湧き出した。女がその水をふわりと宙に向かって投げるようにし、巨大な鏡のように水が宙に浮かび上がった。
「では、ご覧頂きましょう」
そこには、ミザリーの鉄の箱のように、鮮明に情景が映し出されていた。
男の双子が生まれたこと、母親とその父王のやりとり、アツシが子どもを抱えて逃亡したこと--。長い年月があっという間に駆け抜けていく。
地下の穴蔵で暮らす親子と死別。アトゥールの恋と別れ。
「ね? わかったでしょう。今の王族には、血筋で言えば継承権がないのです。簒奪者と言ってもいいのかもしれませんよ。だって、本来王になるべきだったのは、ここに居るご老人、アトゥール・ツカサ・サーブルザントなのですから」
広間は水を打ったように静まり返っていた。王族たちは顔色を失くし、ある者はその場にぺたりと座り込み、またある者はがたがたと震えている。
「さて、もう少し続きを見ましょうか」
鱗のある男が先を促すと、場面がぱっと、切り替わった。
ストールを頭から被った若い女が夜の闇に紛れるようにして立っている。場所は広場だ。ところが、そこに屈強な男たちが現れて、女は連れ去られ、門の外へと放り出されてしまう。醜悪な顔でそれを見ているのは、二人の女たち。
「カミラ......」
アトゥールは目を見開く。そこに映っていたのは、かつての恋人カミラであった。
ぱっと画面が切り替わる。
そこは見たことのない場所で、誰もが訝しげな顔をしている。地下へと向かうその道や、道の横に作られた家々は、貧民街のそれと似ている。だが、貧民街よりもずっと人が少なく、それでいてよく整備されている。
黒髪の王族だけが、顔色をなくしていた。そこからは目まぐるしいスピードで時間が進んでいく。カミラは子どもを生み、その子が育ち、また子どもが生まれ......一体何代が過ぎたのだろうか。




