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25.王家の罪

「貧民街に黒髪の子どもがいるぞ」


 その話を拾ってきたのは、兄のラフィークだった。

 私は思わず顔をしかめた。


 黒は誉れの色。王家の証である。よりにもよって、貧民街に黒髪の者がいるなどあってはならないことだ。


 下賤な金髪に青い目をしたその男は、王子ではあるが、王の器ではない。血筋は奴のほうが上だと言うのに、王家の色を私が受け継ぐとはおかしなものだ。

 粗野で短慮。野心はないが欲望は人一倍強いという奴で、病弱なふりをして人前に姿を見せず、ふだんは城から降りて奔放に過ごしているのだ。



 私はラフィークを嫌っているが、向こうはそうではないらしく、やたらとかまおうとしてくるので鬱陶しい。


 本人には、王になるつもりなどないようだが、奴の母親は有力貴族の娘であるのに対し、私の母親は父が気まぐれに手をつけたメイドだ。奴を担ぎ上げようとする者は多く、私は何としてでも、誰の目にも明らかな功績を残す必要があった。


 そこで目をつけたのが、聖女召喚だ。


 私が目配せをすると、部屋の中から気配が二つ、すっと消えた。配下の影たちが動き出したのだ。

 直に報告が上がるだろう。


「今日はいい酒を仕入れてきたんだ。いっしょに飲もうぜ」

「ーー僕には公務がありますので。兄さんはまた街にでも行けばいいでしょう?」

「つれないなあ。そんなんじゃもてねえぞ」


 ラフィークが悪態をついた。




 数日後、報告が上がった。

 かつてこの王国を揺るがせた魔女は、異界の魔道具を持っていた。それは目の前にあるものを切り取って箱に閉じ込め、映し出すというものだ。それを真似て、水の魔術を持つ配下が、水盆に張った水に映像を映し出す。


 そこにはくるくると表情の変わる、ふわふわとした黒い巻き毛の幼子の姿があった。私ははっと息を呑んだ。


「これはーー」

「薄汚れているが魔女ミザリーにそっくりだな。磨けば光りそうだ」


 どこから入ってきたのか、ラフィークが私の肩に顎をのせ、うんうんと頷いていた。私は思わず飛び退く。


「しかも、伝え聞く召喚後の姿にそっくりじゃないか。間違いなく王家の血が混じった子どもだな。まさか、--第三王子なのではないか?」


 ラフィークはうれしそうに言う。とんでもないことだ。さらに競争相手が増えるなんて。

 ラフィークが部屋から出て行ったあと、私は影たちに指示を出した。まもなく雨の日になる。事故に見せかけるには頃合いであろう。

 雨が激しくなってきたころ、影たちは、任務を遂行して戻ってきた。



 そして、気になることがもう一つあったので、そちらも処理しなければなるまい。

 私はある女を連れてくるように兵に命じた。







 魔女ミザリーは、千年前に突如現れた異界の少女だ。

 彼女は召喚されたのではない。召喚の間に忽然と現れたと伝え聞いている。


 ーー星がひとつ落ちてきて、城は大きく揺れた。王子は弾かれたように飛んでいき、そして、出会った。ーー



 王家の者だけが読める正史には、そのように記されている。

 その美しさに誰もが息を呑んだという。男は目が合うだけでもミザリーの虜になり、女は彼女を目の敵にしたという。




 はじめて異世界召喚が行われたのは、今から千五百年以上も昔のことだ。


 三度の召喚でこの国は豊かになった。だが、儀式を行うためにはあまりにも多くの犠牲が必要だった。

 温厚な王が治めていた千年前は、やろうと思えばできたはずだが、召喚はなされなかった。


 だが、彼女はどこからかやってきた。

 ミザリーは強力な魅了魔法と醜悪な性格を持つ厄介な女。まさに招かれざる客であった。





 最初にミザリーを見つけたのは、折り悪く当時の王太子であった。彼はひと目でミザリーの虜になり、彼女に言われるまま、自らの婚約者を放逐した。

 さらに、彼がミザリーにつけた護衛も、宰相候補であった子息も、悉く骨抜きになってしまったのである。妻を持つ壮年の騎士たちも気難しい文官も同じだった。


 それだけではない。王太子は穏やかで人望のあった父王を弑し、王になった。民は増税を強いられ、それらはミザリーの贅のために使われたのである。




 だが、ミザリーの末路は明るいものではなかった。

 王太子による暗殺をなんとか免れた第二王子が、貧民街に潜み、ひそかに有志を集め、力をつけていたのだ。

 クーデターにより、王太子は死に、ミザリーは捕らえられた。


 彼女は赤子を身ごもっていた。その子どもには、王家がこれまで脈々と受け継いできた異界の者たちの能力と、彼女自身の魅了の力があるはずだった。殺すにはあまりにも惜しい。


 ミザリーの周りは、魅了の影響を受けない女性たちで固められ、生まれた子どもを奪い、砂漠への流罪となった。自分がかつて追い詰めた王太子妃候補と同じように。


 ミザリーはしばらくカリカリと岩壁を爪で掻いていたが、やがて諦めたように姿を消したと言われている。



 通常、なんの装備も持たず、それも若い女が一人で砂漠に放り出されたら生きてはいけない。王都の外にある唯一の街だって、駱駝に乗らなければ辿り着くのは難しいのだから。

 ミザリーはその後どうなったのか。彼女の結末は正史にはそれ以上書かれてはいない。だが、魅了の力を奪うことはできなかったのだから、あるいは男に頼ってどこかに流れ着いたかもしれない。

 もし私が王だったなら、そのような不穏分子を放逐などせず、確実に始末していただろう。

 あの子どもと同じように。




「貴様、王家に献上するはずのグラソンベリーを孤児などに横流ししていたそうだな」


 私が一瞥すると、とうもろこし色の髪をした女は震え上がり、額づいた。


「申し訳ございません。ーーでも、どうか罰はあたしにだけお願いします。痩せた子どもを放っておけなくて、傷んだものを無理に食べさせたのです」


 私は、胸の奥がもやもやとするのを感じた。

 この女は、あの子どもを庇っているのだ。ーーもしや、魅了の力が働いているのだろうか。


「それはできぬ相談だ」


 私はそう言って踵を返した。


「ーーお願いします……!」


 女は悲痛な声を上げて、私の袖にしがみついてきた。たちまち衛兵が飛んできて、女を取り押さえる。


「あの子だけは、ーーあの子にだけは何もしないでください」


 女は涙を流しながらも、まっすぐな強い目で私を見上げていた。その視線が気に入らず、私は無性にいらつくのを感じた。


「ーーほう、では、事情を詳しく話し、貴様が代わりに罰を受けるというのなら考えてやろう」


 私が告げると、女は安堵し、つらつらとこれまでのことを話しはじめた。女の名前は本当はリータということ。双子の姉が貧民街の男と駆け落ちし、あの子どもはそいつらから生まれたのだということも。

 私の異母弟ではなかったのだと知り、いささか安堵した。だが、砂漠の隠れ家にいた子どもということは、やはり王家の血を引いていることになる。





 数年前、私は影たちに命じて、とある集落を殲滅させた。

 そこに古代の忌み子、アトゥールの子孫が居るとの情報を得たからだ。不穏分子は潰しておかねばならぬ。召喚に必要な魂も確保できるので、一石二鳥であった。良質な生贄になるよう、なるべく残虐に仕留めよと命じていたのだが、ーーそのときに仕損じた者がいたとは。やはりアトゥールの末裔であるに違いない。

 私はくちびるを噛んだ。


 それにしても、すべてのピースがちょうどよく揃った。私はリータという女を脅して、狩人に仕立て上げた。最期の瞬間まで、女は念押しするように尋ねていた。


「あたしが狩人になれば、あの子はそうなる必要はないんですね?」


 その目は恐ろしいほどまっすぐで、だがしかし死への恐怖に顔色をなくし、唇も声も震えていた。私は苛つく感情を押さえながら、笑みを見せた。

 すべてがうまくいくはずだったのだ。しかし。





 汚らわしい薄い色素の男が、聖女を私から奪い、こちらに向けて殺気を放っている。魔法を多重展開できる私でも、あの眷属の一人に勝てるかどうかわからない、それくらいの強さを感じた。


「ーーリータめ、一体何を連れてきた……」


 私は、手足がすうっと冷たくなるのを感じていた。それは、生まれてはじめて感じた恐怖だった。


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