23.テトの後悔
アトゥールの元から帰されると、テトは急いでチータおばさんの店に向かったが、そこには焼け焦げた柱が残っているだけだった。
テトは大人たちに聞いて回った。前は誰もテトの相手などしなかったが、それなりに綺麗な服を着て、丁寧に話せるようになったからか、親切に教えてくれる人が多かった。
わかったことは、チータおばさんは、ちょうどテトがいなくなったころに兵士に連れていかれ、店は焼かれ、彼女は戻らなかったということ。そして、穴蔵にいたのはたったの二ヶ月だったというのに、暦の読み方が合っているならば、二年もの日々が過ぎたということだった。
テトは愕然とした。きっと、チータおばさんが捕まったのはテトのせいだ。アトゥールとの勉強の中で、この国では、身分が違う者同士は交流さえ咎められると知った。
チータおばさんはきっと上級商人で、テトは--。
テトは、貧民街の穴蔵で、空き家になっているところを探し、そこで寝泊まりをすることにした。
アトゥールが持たせてくれたバッグには、たくさんの食べものが入っている。暖かい布や、水瓶といった必要なものは、だいたいそこに揃っていた。
だが、アトゥールは穴蔵から出たことがないのかもしれない。鞄に入れていた食べものは、数日もすると腐ってしまい、テトは空腹に悩まされた。
その日の夜明け、テトは星が二つ、王城に落ちてくるのを見た。
「魔王が倒されたらしい」
城下町は普段よりもざわついている。テトが盗んだパンを物陰でかじっていると、王城御用達の商人が得意げに吹聴して回っていた。
魔王を倒してくれる異界の聖女を呼び出したと発表されたのは、つい一刻前のことだ。人々はそんな馬鹿な話があるか、と笑い声を立てている。ところが。
「ああ、――雪が……」
見上げると、空にかかった瘴気の霧は払われている。テトはその榛色の目に見慣れぬ薄青を写し取った。青く澄み渡った空を見たのは生まれてはじめてのことだったので、これが良いことなのかわからず、テトは身を硬くした。
金色の雪、それは、魔王が討伐されたときに祝福を込めて飛ばされる、特別な魔法ではなかったか。そうつぶやいたのは誰だろう。
人々はぞろぞろと連れ立って歩き、門の外へ向かった。まるで祭りのように混み合っているのだが、不思議なことに、誰もが口をつぐんでいる。目の前で起きていることが信じられないのだ。
やがて、先頭にいた少年が叫んだ。
テトは大人たちの股下をくぐり抜け、少年の隣に並ぶ。
確かに、そこにあるべきものが消えていた。
蟻地獄のように周囲の砂をずるずると飲み込み、少しずつ広がってきた穴。その中には禍々しい形の尖塔があったのだ。
だが今はどうだろう。尖塔は真っ二つに割れており、流れる砂はぴたりと動きを止め、凝固している。
人々は歓喜した。これで他国に商売へ行ける。森に入れる。王国の崩壊に悩まされることもない――。一方のテトは、いささかがっかりしていた。
もちろん、砂に飲まれて死ぬのは怖い。でも、この先に待っているのは本当に幸福なのだろうか? と。この国はどうにもきな臭い。アトゥールに習ったことや、持たせてくれた本を読んでいて、テトなりに感じるものがあった。
そのとき、轟音が鳴り響き、ものすごい土埃で何も見えなくなった。ごほごほと咳き込む声や、不安がって泣く子どもの声。怒号。叫び。
そうしたものに絡み取られて、激流に流される葉っぱのように、テトはどんどん城門から遠くへと押し出されていった。そして、地面が消える。――落ちる、あの蟻地獄の底へ。
テトが死を覚悟した瞬間、身体がふわりと浮いた。誰かに硬く抱きとめられているのだった。
それは、銀色の髪の毛をはたはたと風に靡かせた、美しい男だった。彼はテトを抱きとめたことに驚いているようだった。




