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序章 砂の王国の最後

 その日の夜明け、テトは星が二つ、王城に落ちてくるのを見た。




「魔王が倒されたらしい」


 城下町は普段よりもざわついている。テトが盗んだパンを物陰でかじっていると、王城御用達の商人が得意げに吹聴して回っていた。魔王を倒してくれる異界の聖女を呼び出したと発表されたのは、つい一刻前のことだ。人々はそんな馬鹿な話があるか、と笑い声を立てている。ところが。


「ああ、――雪が……」


 見上げると、空にかかった瘴気の霧は払われている。テトはその榛色の目に見慣れぬ薄青を写し取った。青く澄み渡った空を見たのは生まれてはじめてのことだったので、これが良いことなのかわからず、テトは身を硬くした。

 金色の雪、それは、魔王が討伐されたときに祝福を込めて飛ばされる、特別な魔法ではなかったか。そうつぶやいたのは誰だろう。




 砂の王国・サーブルザント。領土ばかりは広大だが、そのほとんどが砂で覆われた不毛の地だ。王都は他の国の村ほどの大きさしかないが、国民のほとんどは、王都で暮らしている。

 人々はぞろぞろと連れ立って歩き、門の外へ向かった。まるで祭りのように混み合っているのだが、不思議なことに、誰もが口をつぐんでいる。目の前で起きていることが信じられないのだ。


 やがて、先頭にいた少年が叫んだ。

 テトは大人たちの股下をくぐり抜け、少年の隣に並ぶ。

 確かに、そこにあるべきものが消えていた。

 蟻地獄のように周囲の砂をずるずると飲み込み、少しずつ広がってきた穴。その中には禍々しい形の尖塔があったのだ。

 だが今はどうだろう。尖塔は真っ二つに割れており、流れる砂はぴたりと動きを止め、凝固している。


 人々は歓喜した。これで他国に商売へ行ける。森に入れる。王国の崩壊に悩まされることもない――。一方のテトは、いささかがっかりしていた。

 もちろん、砂に飲まれて死ぬのは怖い。でも、この先に待っているのは本当に幸福なのだろうか? と。


 そのとき、轟音が鳴り響き、ものすごい土埃で何も見えなくなった。ごほごほと咳き込む声や、不安がって泣く子どもの声。怒号。叫び。

 そうしたものに絡み取られて、激流に流される葉っぱのように、テトはどんどん城門から遠くへと押し出されていった。そして、地面が消える。――落ちる、あの蟻地獄の底へ。


 テトが死を覚悟した瞬間、身体がふわりと浮いた。誰かに硬く抱きとめられているのだった。


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