285話 怒りの朝
「私の名前は銀虎騎士団副団長のリンダロス・アルケイロンです。アルノード伯爵のところにいる黒髪の女性に会わせてもらいに来ました」
「前触れも無く貴族の屋敷に押しかけるとは穏やかじゃないな。それに黒髪の女性といえばロナの事だが、彼女に何か用か? 一目惚れで告白に来たのなら、悪いが諦めてくれ。彼女は俺の大切な女性だからな」
俺が冗談めかしにそんな事を言うと、リンダロス副団長は表情には出さないようにしているが、怒った雰囲気が出ていた。さっきの視線から黒髪である俺を認めていない感じだからな。そんな俺が何をしても腹が立つのだろう。
「……そのロナ殿には貴族の殺人の容疑がかかっています。すぐに呼んでいただけますか?」
……彼らが来た時点である程度予想はついていたが、やっぱり早過ぎるな。エシュフォード伯爵が殺されたのは、昨日の深夜から今日の朝方にかけてだろう。黒髪の女性が犯人だと言うのも朝にわかったはずだ。
それなのに、この男はロナが犯人だと確信したように言ってきた。まるで事前にロナを犯人に仕立て上げるために準備していたかのように。
「ロナか。実は王都にいる間は休暇を出していてな。知り合いのところに行くって言っていたから王都にはいないと思うぞ? 帰ってくるのは何日か後だしな。しかし、あの優しいロナが犯人だなんて、証拠があって言っているんだよな?」
俺はそこで軽く威圧する。ロナは俺の補佐をしてくれている大切な女性だ。その彼女を犯人と疑うならそれなりの覚悟をしてもらわないと。普段は権力なんて使う事がないが、今回は十二分に使わせてもらおう。
「……ぐぅっ……そのロナ殿と共謀していた男を捕らえており、その者の証言があります。その男はロナ殿の父親であり、この王都にあるスラムを取りまとめている男です」
……流石に驚いてしまった。ロナの父親ねぇ。昔の話をロナに聞いた時は物心がついた頃には父親はおらず、母親が1人で育ててくれたらしいが、母親が亡くなってからはクルトたちと過ごしていたと聞いたが。
ロナの話が嘘なのか、その父親と名乗る男の話が嘘なのか。……それとも、逆に2人ともの話が本当なのか。当然ロナは嘘をついていないと思っている。昔の話をするのに嘘をつく理由が無いからな。
それなら、もしかしたらその男は本当にロナの父親なのかもしれない。それかロナを、クルトたちを含めた子供たちの父親代わりの男として。
子供だけでこの王都にあるスラムをどうやって生きてきたか気になった事があったが、簡単な話だ。裏で助けていた人がいたのだろう。
しかし、そんな人がロナたちの前から消えて、今度はロナを陥れようとしている。……色々と厄介な事になって来たな。だが、まずは目の前の事だ。
「なるほどな。その男の言葉でロナが犯人だとわかったのか。まあ、俺としてはロナはしていないと思うが」
「しかし、男がそう供述しているため、ロナ殿も怪しいのですよ、伯爵様」
あー、このロナを犯人と決めつけている言い方が気にくわない。俺は更に副騎士団長たちに圧を強める。
「お前は貴族の俺の言葉より、犯人の男の言葉を信じるのか?」
「ぐぅっ……そ、それは……」
流石にそこまで疑われちゃあ俺も黙っていられねえよ。ロナを守るためなら権力だって力だってなんだって使っちゃうもんね。
「まあいい。ならその男に直接会って話を聞く。案内しろ」
「それは出来ません。まだ全ての情報を聞き出しておりませんので、誰にも会わせる事は出来ません」
副騎士団長の言葉に俺は溜息しか出なかった。それと同時に俺の怒りも限界に来た。今まで放っていた圧に魔力を乗せてぶつりてきに威圧する。これでも、それなりに死線を乗り越えて来た。師匠ほどでは無いにしても、それなりの圧を放つ事が出来る。
副騎士団長の後ろに立っていた騎士たちも立っているのがやっとで顔を青くさせて、副騎士団長も辛そうに俺の顔を見てくる。まだ、殺気を乗せていないだけマシだというものだ。
「いくらなんでも俺を舐めているだろ? ロナは伯爵である俺の従者だ。その彼女をその男の告白だけで犯人にして、その男に会わせることも出来ない。それ相応の覚悟があって言っているんだよな? あぁ?」
「……」
おっと、思わず殺気も少し乗せてしまった。そのせいで騎士たちが更に顔を青くして今にも吐きそうだ。だが、ここで緩めてやるわけにはいかない。
「この事はレイブン将軍に尋ねる。対応によっては陛下にも話さなければならないからな」
まさかここで国のトップと軍のトップの名前が出るとは思っていなかったのだろう。驚きの表情で俺を見てくる。だが、少し調べれば俺が陛下とも話すことの出来る仲だというのはわかるはずだ。俺たちの結婚式にも参加してくださっているのだから。
レイブン将軍が俺の離れた兄弟子なのを知るのは少ないが、それでもそれなりの関わりのある仲なのは周知の事実だ。ロナを犯人に仕立て上げようとしている割には調べが足りな過ぎる。
……もしかして急に決まった事なのかもしれない。
前触れを出していたとはいえ、死竜の討伐から帰って来たのはこの前だ。
元々エシュフォード伯爵を殺す計画はあったが、そこに無理矢理ロナを……いや、俺をだな、巻き込む事にしたのかもな。まあ、どちらにしてもそんな事を企てた奴は許さんが。更に副騎士団長へ問い詰めようとした時
「お待ち下さい、アルノード伯爵」
と、綺麗な声が聞こえて来た。声のした方を見れば、騎士姿のティリシアが立っていた。後ろにはラティファ・リストニックを含めた騎士が4人いた。少し気まずい。
「アルノード伯爵、リンダロス副団長、レイブン将軍閣下がお呼びです。付いて来てください」
今は伯爵と騎士の身分でなのか距離を感じるのが少し寂しいが仕方ない。リンダロス副騎士団長も苦虫を潰したような表情を浮かべる。さて、大人しく付いていくか。
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