284話 騒動の朝
「……どうしたものか」
俺はぼーっと天井を見上げて、天井にあるシミを眺めながら1人で考えていた。
どうして俺が1人で考え込んでいるのか。それはロナが1日屋敷へと帰って来なかったからだ。
ロナの年齢なら気にしなくても良いのかもしれない。実際、過去にも何度も帰ってこなかった事はあったし。ただ、その場合は冒険者ギルドの依頼のためや、俺などがお願いした時のみで、今回みたいに何も言わずに帰って来なかった事は初めてなのだ。
タイミングが合わずに俺に直接言えなかった時も、兵士や侍女、他の誰かには必ず伝言をお願いしていたのに、今回は何もない。この屋敷にいる皆に聞いたのだが、誰もそういう話は聞いていないみたいで、困惑の表情を浮かべていた。
……休暇を与えている兵士たちを呼ぶか。休暇を与えた手前、申し訳ない気持ちはあるが、そんな事も言っていられない。ロナの身の安全と兵士たちの休暇を天秤にかけたら、傾くのは当然ロナの身の安全だ。兵士たちには領地に戻ったらまた休みをあげるから。
……ティリシアにも助けを求めるか。騎士団の彼女たちなら俺たちよりも王都を知っている。俺たちが無闇矢鱈に探すよりは確実だろう。
俺は護衛として残っている兵士を呼び、休暇中の兵士を集める指示を出し、ティリシアに送る手紙を書く。伯爵の俺が直接行ってお願いする事は無い。本当は早く行ってお願いしたいところなのだが、そこに貴族というものが関わってくる。
普段はそんなに権力を振りかざして、なんて事は無いのだが、これでも伯爵だ。それなりの権力を持つ。そんな俺がいきなり行って助けなんて求めたら、面倒な事になる。その辺貴族というのは面倒なものだ。
そんな事を考えながら作業をしていると、外が騒がしいのに気が付いた。そしてドタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。次の瞬間にはドバァン!! と勢い良く開かれる扉。そこには、息を切らしたアレスが立っていた。
「……どうしたんだ、アレス。そんな慌てて」
俺が尋ねたが、余程急いで来たのか息が整うのに時間がかかるようでかなり苦しそうだ。何かあったのだろうか? しばらく待っていると落ち着いてきたのか顔を上げる。
「「ご、ごめんね、急に来て。急いでたから息が上がっちゃって」
「それはいいんだが、何かあったのか? そんなに急いで」
「そ、そうだ、レディウス大変だよ! エシュフォード伯爵が殺されたんだ!!」
慌てた様子でそう言ってくるアレス。しかし、俺には一瞬どうしてそんなに慌てているのかがわからなかった。
伯爵が殺された事は確かに大事ではあるが、アレスがそんなに慌てて俺に伝えにくるほどか? と、思わず首を傾げてしまう。
しかし、そこで一昨日の事を思い出した。エシュフォード伯爵って確かアレスに結婚を迫っていた貴族じゃ無いか。
そうなれば、確かにアレスがここまで慌てるのもわかる。自分も無関係では無いのだから。ただ、アレスが慌てていたのはそれだけでなかった。
「しかも、伯爵を殺した犯人が……黒髪の女性だっていうんだ!!」
その言葉を聞いた時、俺は何も反応が出来なかった。ただ、脳裏に浮かんだのは、昨日の夜帰ってくる事の無かったロナの顔だった。
まさかロナが? 一瞬そんな事を考えてしまったが、それがわかった瞬間、俺は自分で自分を殴っていた。それを見て悲鳴を上げるアレス。
……俺はなんて大馬鹿野郎なんだ。俺を信じてあれだけ好いてくれるロナを、絶対違うと言い切る事が出来ず、一瞬でも疑ってしまうなんて。もう一回自分を殴ろうとするのを、見ていたアレスが慌てて腕を掴んで止める。俺がなんでこんな事をしたのかわかったらしい。私の言い方が悪かったと誤ってしまう。
俺は自己嫌悪をやめて話を聞くために席に座る。アレスにも座らせる。
「いきなり悪かったな。ロナをほんの少しでも疑った自分が許せなくて」
「その気持ちはわかるけど今は抑えて。それで、ロナは?」
アレスの質問に俺が首を横に振ると、かなり難しそうな表情を浮かべる。アレスもロナがいれば話は違ったのにと思っているのだろう。
アレスに事の次第を聞くとこうだった。昨日、どうやらオスティーン伯爵はエシュフォード伯爵に使いを出していたようだ。理由は勿論アレスの事を話すために。
そのために使いを出したところ、今日来て欲しいと言われていたようで。そのため、今日の朝に確認の使者を出したところ、屋敷の前で人集りが出来ており、そこで伯爵が亡くなった事を使者が聞いたらしい。
しかも、その時点で犯人の容貌はわかっていたようで、黒髪の女性について聞き込みや警戒を促していたそうだ。
その話を聞いたオスティーン伯爵はアレスを俺のところに送ってくれたそうだ。多分、オスティーン伯爵も黒髪の女性でロナが思い浮かんだのだろう。黒髪は滅多にいない。その上女性となればかなり限られてくるからな。
そんな話を聞いた俺たちは早速ロナを探しに行く事にした。このままここで待っているなんて事は出来なかったから。そのため、屋敷を出ようとしたのだが
「お待ちいただけますか、アルノード伯爵」
と、騎士達に屋敷の前で止められてしまった。胸には銀色の虎の紋章が刻まれている。国の騎士団の1つ、銀虎騎士団のようだ。その1番前にいる金髪の騎士。俺の髪を見て蔑んだ目で見てくる。これは簡単には通してくれそうになさそうだな。
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