第8話「七つの神銃」
夕方の17時過ぎ、ここはジャスティスの本拠地であるバー、ノクターン。
まだ外は薄明るいが、店内にはすでに夜の匂いが満ちていた。
古びたジャズが低く流れ、煙草の煙が琥珀色のライトをぼやかしている。
カウンターの奥、革張りのソファに腰を下ろすカイトが、グラスを軽く掲げた。
「ボス、報告です。黒澤シロウは消しました。夢喰いの異能もこれで終いです」
天草キョウは煙管をくゆらせながら、静かに頷く。
「ご苦労だった。あの化け物じみた力を抑えられたのは君たちコードXIIIのおかげだ」
沈黙。氷がグラスの中で音を立てた。
カイトが少し身を乗り出す。
「ボス、一つ聞いていいですか?あのヤヤの銃――あれはなんなんです?どう考えても普通の異能じゃないです。イメージしたもんがそのまま弾丸になるなんて、現実離れしてる……」
天草はわずかに笑みを浮かべ、赤い煙を吐いた。
「“蜉蝣の銃”――別名は闇の銃と呼ばれている。
それは《アウトロートリガー》と呼ばれる七つの神銃のひとつだ。アウトロートリガーは能力者の高い集中力と血液を媒介に産み出される」
レインがその言葉に反応し、指先でワイングラスを回す。
「七つ、ですって? シリーズ……? まるで伝承のようね」
キョウの声が低く響く。
「アウトロートリガーは、それぞれ異なる能力を持つ。どれも世界の理を狂わせる存在だ。そしてその中で闇属性である蜉蝣の銃“はイマジンバレット”という撃つ者の想像を弾丸に変え、現実を捻じ曲げる力を持っている」
レインの唇がわずかに上がる。
「……興味深いわね。つまり、想像力が強ければ強いほど、弾の威力も増す。裏を返せば――心が壊れれば、銃も壊れる。そういうことかしら?」
キョウは無言で頷く。
「そうだ。あれは使い手を選ぶ。ヤヤがその銃に選ばれたのか、それとも呪われたのか……それはまだ分からない」
カイトが苦笑し、煙を吐く。
「ますますあいつが化けもんじみてきたな。こりゃあ、目を離すのは危険だぜ」
レインはグラスの縁を指でなぞりながら、静かに囁く。
「危険……でも、同時に美しいわ。
“想像が現実を撃ち抜く”なんて、芸術の域じゃない」
キョウは二人を見つめ、短く言った。
「芸術でも、悪夢でも――それが“闇の銃”というものだ」
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それから少したった頃、ノクターンの重たい扉が、きぃ……と静かに開いた。
紫煙とウイスキーの匂いが混じった夜の空気が、外の冷気と交わる。
カウンターでは、カイトが煙草をくゆらせていた。
その隣には、グラスを指先で揺らすレイン。
奥の席では、黒澤シロウが脚を組み、薄笑いを浮かべていた。
シロウがグラスを持ち上げながら呟く。
「……来たね」
彼らの視線の先、扉の向こうに立つのはヤヤだった。
だが、その後ろに――二人の小さな影。
10歳ほどの少年と、8歳くらいの少女が、怯えたようにヤヤの背に隠れている。
カイトが眉をひそめ、灰皿に煙草を押し付けた。
「おいおい……なんだ、なんだ?保育園でも開く気か?」
レインも小首を傾げながら、グラスを置く。
「ヤヤ君。その子たちは?」
ヤヤは少しだけ視線を伏せた。
アザだらけの子供たちの肩をそっと押し出し、彼らを前に出す。
「……この二人は、サトルとレナ。とある公園でたまたまみかけてな、あまりにひどいケガをしていたから事情を聞いたんだ。どうやらあるヤクザから逃げてきたようだ」
カイトの表情がわずかに曇る。
「……ヤクザ?」
ヤヤは静かに頷いた。
「両親が借金を残して亡くなったらしい。返済の代わりに、この子たちがってわけだ」
レインは一瞬だけ目を細める。
「……ひどい話ね」
シロウはグラスを回しながら、薄く笑った。
「助けたのはいいが、どうするつもりなんだい?ノクターンは孤児院じゃないよ」
ヤヤは真っ直ぐにシロウを見据えた。
「わかってる。でも、見捨てることなんてできなかった」
沈黙。
煙草の煙だけが、静かに天井へと昇っていく。
カイトは大きく息を吐いて、椅子の背に体を預けた。
「……ったく。お前はほんと、損な性格してんな」
レインが少し微笑む。
「でも、そこがヤヤくんらしいわ」
ヤヤは小さく頷き、サトルとレナを見た。
「安心していいから。もう怖い人たちは来ない」
子供たちは、不安そうにしながらも小さく頷く。
その姿を見て、シロウがふっと肩をすくめた。
「……いいだろう。この奥に空き部屋がある――そこを使いなさい。それからそのヤクザについて詳しく教えてもらえるかな?」
その言葉にサトルとレナはほっとした様子だった。それから二人は黒桜会について説明する。
ノクターンの照明が、わずかに落ちる。そして、夜は再び、静かに流れ始めるのだった。




