第7話「逃亡兄妹」
真昼の繁華街。
ガラス戸の向こうから、電子音とメダルが流れる金属の雨が響いてくる。
東城カイトはタバコをくわえたまま、スロットのレバーを軽快に叩いた。
リールが止まり、ピカピカと光る「7」の文字が三つ並ぶ。
「っしゃあああ! 来たぞこれぇッ!」
思わず椅子から立ち上がる。
隣の客が冷ややかな視線を送っても、そんなことお構いなしだ。
灰皿に吸いかけの煙草を押しつけながら、カイトは満面の笑みを浮かべた。
「今日はツイてる……勝ったらキャバクラで豪遊だぁ!シャンパンタワー、いっとくか!」
頭の中で既に、夜の街のネオンがきらめき始める。
だが、手元のメダルを掴んだ瞬間、ふと昨夜の光景が脳裏をよぎった。
闇の中で見た――ヤヤの銃。
あれは確かに普通じゃなかった。
「撃った弾が、イメージによって変化する……か。結構応用が利きそうな力だよな」
カイトは新しいタバコに火をつけ、煙を吐きながら独りごちる。
「まるでアートみたいだ。心の形をそのまま弾丸に込める……想像力が武器になるなんて、やっぱ只者じゃねぇ」
電子音の海の中、カイトの笑みがゆるむ。
軽薄そうに見えて、その奥の瞳は冷静だった。
彼にとって、勝負の場はパチンコ台でも戦場でも変わらない。
勝つためには、運とセンス、そして観察眼。
ヤヤの力を思い出すたび、その三つのバランスを測るように、カイトは煙を空へと吐き上げた。
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真昼の太陽が、街を焼いていた。
アスファルトの照り返しが目に痛い。
その中で、ヤヤは自販機の前に立ち、冷えた缶コーヒーを買う。そして公園のベンチに座り、考え事をする。
(覚醒水晶の適合者はあとどれくらいいるんだ?全く……命がいくつあってもたりねーな」
子供の笑い声も、今はない。
ブランコが風に揺れ、きぃ……きぃ……と鈍い音を立てている。
ヤヤは缶を開けて、ひと口。
金属の苦味と一緒に、何か別の気配が喉の奥に引っかかった。
――視線、だ。
遊具の陰に、小さな影が二つ。
兄妹らしい。兄は十歳ほど、妹は八歳くらいか。
汚れたTシャツに擦り切れたスニーカー。
肌の露出した部分には、痛々しい紫の痣が散っていた。ヤヤは心配に思いその兄妹のもとへゆっくり歩いていく。
「……おい。どうしたんだ?その傷は」
ヤヤが声をかけると、兄がとっさに妹を背中に隠した。
太陽の下、その瞳だけが夜のように怯えている。
「そんな顔すんな。別に何もしねえよ」
ヤヤはしゃがみ込み、缶コーヒーを持ったまま目線を合わせた。
風が髪を揺らし、照りつける日差しが容赦なく二人の痣を照らす。
「親は?」
兄の唇が震えた。
やがて、途切れ途切れの声が落ちた。
「……い、いません。死にました……病気で……」
「そうか」
「でも……借金が、残ってて……」
その言葉にヤヤの眉がわずかに動く。
兄は拳を握りしめた。小さな手の甲にも、打たれた痕があった。
「お金を返せないって言ったら……ヤクザに……“売る”って……」
妹が、兄の袖を掴みながら泣き出した。
その小さな声は、昼の静けさに吸い込まれていく。
「お願いです……!助けてください!せめて妹だけでも……!あいつら、追ってくるんです!殺される……!」
ヤヤの指先から、缶コーヒーが地面に落ちた。
ぱしゃりと、茶色い雫が太陽光を受けて光る。
風が止む。
空の青さが、逆に息苦しいほどだった。
「……俺と同じだな。俺も両親が借金を残したまま亡くなった」
「えっ?!」
「お前達、名前は?」
「ひ、平賀サトル、こっちは妹のレナ……」
「……サトル、レナか。わかった。他人事とは思えないし助けてやるよ」
「ほ、本当に?!」
兄の方がそう聞き返すと同時にヤヤは立ち上がり、情報を聞き出す。
「どこの連中だ?」
「“黒桜会”……です……」
「なるほど。聞いたことある」
ヤヤは短く笑った。
だがその笑みは、どこまでも冷たかった。
「いいか、二人とも。もう逃げなくていい。これから俺の仲間が集まる安全なところにお前達を連れていく。俺を信じて来てくれないか?」
ヤヤの真っ直ぐな眼差しを見て、二人はコクンと頷く。風が再び吹き抜け、木の葉を揺らす。
ヤヤの瞳の奥で、どす黒い何かが燃えた。
「その先は俺の仕事だ」
兄妹が呆然とする中、ヤヤはこっちだと言いノクターンに向かう。陽炎がゆらめくアスファルトの上を、黒い影が静かに歩いていくのだった。




