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第64話「こわくないですよ、だいじょうぶですよ、これで、ずっといっしょ……しあわせですよね?ハイとこたえてください。ねぇ。」

時刻は、17時半。


昼と夜の境目。

空はまだ薄く青を残しながら、雲の端だけがくすんだ橙色に染まっていた。


レインボーブリッジには、人影がない。


本来なら観光客やカップルで埋まっているはずの歩道は、まるで立ち入りを拒まれた区域のように、静まり返っていた。


エクリプスによる爆破テロ――

その影は、ここ東京湾にも確実に及んでいる。


通行止めを示す簡易バリケードが、ところどころに無造作に置かれ、警告灯だけが低く点滅している。

風が強く吹き抜け、欄干の向こうで東京湾が、鈍く、冷たく光っていた。


その歩道を、三人が並んで歩いていた。


ヤヤ、ユウヒ、レイン。


異様な雰囲気を察し、沈黙が続く中、レインが二人に声をかける。


「……静かすぎない?私達以外、人の気配が全くしないわ。」


ユウヒが、何気ない調子で反応する。


「たしかにそうだね~。みんなもうどこかに避難したんじゃないかな~?東京湾に爆弾が仕掛けられていることを知って。」


ヤヤは足を止めず、前を見たまま答える。


「いや違うな。その情報を知ってるのは俺達ジャスティスだけだ。……嫌な予感がする。」


それから少し歩いて、レインは何かに気づく。


「ねぇ」


レインが、声を落とす。


「……あそこ、見て」


ヤヤとユウヒが視線を向ける。


歩道の先、橋の中央付近。

欄干のそばに、制服姿の少女が立っていた。

夕陽を背にして、こちらを向いている。


「……え?」


ヤヤの呼吸が、わずかに乱れた。


「……藤堂さん?!」


「ちょっと!!ヤヤ君の知り合い?!」


レインが驚いた様子で尋ねる。それに対してヤヤの代わりにユウヒが答える。


「うん。ちょっと前にヤヤ君に告白した女子がいたって話したよね?あの子だよ。だけど行方不明になってしばらく学校にいなかったはず……」


「えっ!!」


ヤヤは二人の話を聞いてはいなかった。


同じ制服。

見覚えのある髪。

少し痩せた輪郭。


間違えるはずがない。


「っ!!ヤヤ君っ!いっちゃ駄目!!」


ユウヒが本能的に何かを感じ、反射的にヤヤの腕を掴もうとするが、ヤヤは心配したのか思わずアヤネのもとへ駆け出していた。


「レインちゃん!」


「わかってる!あの子、何かおかしい!制服に血がついてるもの!!ヤヤ君1人で行かせちゃまずいわ!追うわよ!!」


「うん!失踪してた子が、制服のまま、こんな場所に、こんな時間に立ってるなんて!どう考えてもおかしいよ!」


ユウヒも同じ考えだったのだろう。レインと共にヤヤを追う。


そしてアヤネは、近くまできたヤヤを見つめる。

その瞳が、まっすぐヤヤだけを捉える。


「藤堂さん!!どうしてこんなところに……!?」


声が震える。


「学校にも来てなかったし、家にも帰ってないって……!みんな君を心配している!!」


ヤヤが距離を詰める。

その姿を、アヤネはじっと見つめていた。


まるで――

探していたものを、ようやく見つけたような目で。


「……あっ……」


かすれた声。


その瞬間


「………………」


アヤネの胸の奥で、

何かが“ぱちん”と弾けた。


理由は分からない。

記憶も、名前も、過去も――何もない。

それなのに心臓が、異様なほど強く脈打つ。

視界が、彼だけになる。


次の瞬間。


アヤネが、迷いなく両腕を伸ばした。


「……見つけました、私の運命の人……」


ヤヤの胸に、細い身体がぶつかる。


「えっ?」


そのまま、強く抱きしめられる。

驚くほどの力だった。


制服越しに伝わる体温。

そして、顔が近づく。


ユウヒが叫ぶ。


「ヤヤ君!! 離れ――」


遅かった。


アヤネは背伸びをして、

そっと、しかし確実に唇を重ねた。


それは一瞬だった。


音もなく、柔らかく、

まるで“確認する”ようなキス。


だが――


「っ……!?」


ヤヤの身体が、びくりと跳ねる。

唇が離れた瞬間、

首元から、灰色の痕が広がり始めた。


「……な、に……?」


指先。

肩。

頬。


皮膚が、石のように硬化していく。

ヤヤは後ずさろうとするが、足が、動かない。


「……体が……」


石化は、確実に、容赦なく進行していた。

アヤネは、恍惚とした表情でヤヤを見つめている。


「……あなたは……私のもの」


小さく、幸せそうに微笑む。


「……私と結婚して下さい……」


その言葉が、夕暮れの空気に溶けた瞬間。


――世界が、止まった。


風が、止む。

警告灯の点滅が、途切れたように見えた。

東京湾の水面さえ、波打つのを忘れたかのように静止する。


ユウヒは、口を開いたまま固まっていた。

叫ぼうとした声は、喉の奥で凍りつき、音にならない。


(……なんで……)


目の前の光景が、理解できない。

理解してはいけない気がした。


ヤヤの半身は、すでに石だった。

夕陽を受けて、灰色の肌が鈍く光っている。

それでも彼の表情は、まだ“生きている”まま――困惑を宿したまま、固定されつつあった。


レインも一歩も動けなかった。

指先が震えているのに、身体は言うことをきかない。


(……キス……したの?……結婚……?)


感情が追いつかない。

怒りも、嫉妬も、殺意も――

すべてが爆発する直前で、強制的に凍結された。


ただひとつ、はっきりと理解したことがある。


――あの女は、危険だ。


アヤネは、石化していくヤヤの頬にそっと手を

添え、慈しむように額を寄せていた。

その姿は、恋人そのものだった。


「……少しの間待ってて下さい……

あの二匹のメスザルを殺してきますから。」


アヤネはヤヤの耳元で優しく囁く。


それから彼女が顔を上げる、その視線は――ユウヒとレインを射抜いていた。


夕焼けは完全に沈み、橋の上に夜が落ちる。

警告灯が――再び、点いた。

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