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第63話「走る“正義”、迫る“終焉”」

七色の光が消え、爆散寸前だったトワの身体は、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

地面に倒れた瞬間、光の脈動は完全に途絶え――ただ、ひどく静かな“肉体”だけが残った。


ケイは無言で歩み寄り、その呼吸も鼓動もすでに失われていることを確認する。


「……やれやれ。なんとか収まったな。」


その一言とともに、彼の周囲で燃え盛っていた蒼炎がふっと色を失い、夕陽へ溶けるように消えていった。


シルファが駆け寄り、震えを帯びた声で問う。


「トワは……?」


「ああ。死んでる。もう二度と起きねぇよ。」


シルファは小さく息を吐き、胸に張りついていた緊張をほどくように目を閉じた。


「……そう……ですか……」


夕焼けの赤が、二人の横顔を静かに染める。


シルファはゆっくりとケイの隣に立ち、確かめるように言葉を紡いだ。


「……長かったですね。ジャスティスは……勝ったんですね。」


それは、ようやく掴んだ終わりを確かめるための祈りにも似た言葉だった。


「これで――エクリプスの野望は……」


「いや、まだだ。」


ケイが即答して遮る。

その直後、低く落ち着いた声が夕焼けの向こうから響いた。


「……そうだ。ケイの言う通り、まだ戦いは終わっちゃいない。」


振り向けば、キョウが歩み寄ってくる。

その眼差しには勝利の余韻などなく――すでに次の戦場を見据える鋭い光だけが宿っていた。


「キョウ……! それはどういうことですか?」


驚きと緊張の交じった声でシルファが尋ねる。


キョウはトワの亡骸に短く視線を落とし、すぐにシルファへ向き直った。


「トワの切り札を覚えてるかい?」


「……はっ! 東京湾の爆薬ですね! すっかり失念していました!」


シルファの顔が一瞬で青ざめる。

ケイは補足するように静かに口を開いた。


「それに、カリオペの“心臓”で復活した三人の行方も気になる。あの心臓で蘇生した奴らはトワの命令に絶対だ。……たとえトワが死んでも、任務を遂行する。」


キョウはケイの言葉に深く頷く。


「おそらくだが、蘇生した三人はお台場にいる。……今、コードXIIIのヤヤ、ユウヒ、レインが向かっていると聞いたが、本当かい?ケイ。」


「本当だ。悪いな、勝手に指示しちまって。……だが、あいつらなら信頼できる。」


「いや、正しい判断だ。」


キョウの声は落ち着いていたが、その奥底には確かな焦りが滲んでいた。


彼は空を仰ぎ、沈みゆく赤い光をひとつ吸い込むようにしてから言った。


「……だが、任せきりにはできない。状況次第じゃヤヤたちでも危ない。」


ケイがすぐに頷く。


「ああ。だから俺たちも行くぞ。」


シルファも一歩踏み出し、言葉を口にする。


「残りも必ず止めます。この手で。」


キョウは二人を一瞥し、静かに微笑む。


「決まりだね。――向かおう、お台場へ。」


こうして三人は、夕焼けの中を駆け出した。

まだ終わっていない戦いへ。


--


――警視庁、17時すぎ。


瓦礫と割れた舗装の隙間から、まだ薄い湯気が立ち上っていた。

カイトはタバコの煙をゆっくりと吐きながら、辺りを眺めていた。


イツキの“泡”がすべて消えた世界は、あまりにも静かだった。

警視庁の敷地全体が、まるで死闘そのものを飲み込んだあとみたいに動かない。


コードⅨのメンバーたちは、崩れた警察庁舎の前でそれぞれ状況の整理や後処理を始めていた。

緊急車両のサイレンが遠くでこだまし、救急隊が駆け込んでくる。


カイトはぼんやりと空を見上げる。

夕陽は完全に落ちきり、夜の青さが広がり始めていた。


「……カイト」


背後から呼ぶ声。

振り返るとコードⅨの1人、如月リュウジが立っていた。

イツキとの戦闘の後でかなり疲労がたまっているはずだが、それでも彼は職務に戻る気配しか見せない。


そんなリュウジに対し、カイトは落ち着いた様子で答える。


「……ん?なんだよ。わーってるってちょっと休憩してただけだ。」


「いや、いい。ここの処理は、俺たちでやる。」


「……いいのかよ。まだやることがあるだろ」


「あるさ。山ほどな」


リュウジは苦笑し、小さく首を振った。


「だが、お前には行かなきゃいけない場所があるんだろ?そんな顔をしている気がしてな。」


「……」


その言葉にカイトの胸が大きく揺れた。

少しの間の後、カイトは呼吸を整える。

身体は満身創痍で悲鳴を上げているが、不思議と足は軽かった。

それからリュウジの目を真っ直ぐ見てはっきり言う。


「……ここは任せた。俺はお台場に行く。あいつらの側には俺がいなきゃいけねぇから。」


リュウジは短く手を上げただけで、表情は変えない。

ただその瞳は、仲間を信じる戦士のそれだった。


カイトは軽く笑い、踵を返す。


崩れた警視庁を背に、街へ踏み出した瞬間。

夜風が彼の髪を揺らし、血の匂いを少しだけ薄めていった。


「俺が着くまで死ぬんじゃねぇぞ。ヤヤ!レイン!ユウヒ!」


カイトは息を吸い込み、走り出した。

もう後ろを振り返らない。

振り返れば、戦いの熱が冷めてしまいそうだからだ。


そしてこの時、誰も逃れられない最終決戦の歯車が、ゆっくりと噛み合い始めていた。

ジャスティスとエクリプス。その終焉は、すぐそこまで差し迫っていた。

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