表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/66

第58話「6人がそろう時」

スカイツリーと浅草の中間に位置する隅田公園は、午後の陽光に照らされ、川面から吹き上げる風が優しく芝を揺らしていた。


レンファたちとの死闘をくぐり抜けたヤヤとユウヒは、空に上がった煙──XIII──を頼りに公園の奥へと向かう。


目的地が近づくにつれ、人影が二つ見えてきた。


ひとりは黒いスーツに身を包んだ男。

もうひとりは、体のラインを隠さぬ服を着た女。

──カイトとレインだ。


二人は周囲を警戒しながらも、こちらに気づくと表情を緩めた。


距離が縮まる。疲労と煙の匂いをまといながら、四人は同じ場所へと集まった。


カイトは歩み寄ってきたヤヤの姿を正面から捉えた瞬間、眉をつり上げた。


「お、おい!ヤヤ……お前、敵にやられたのか?」


声が途中で途切れる。

近づいて初めてわかる血の量と、呼吸に合わせてわずかに揺れる肩。

戦いの激しさを物語っていた。


レインはさらに反応が早かった。

目を見開き、手を口元に当て、そのまま駆け寄る。


「ちょ、ちょっと待ってヤヤ君……何それ……!? なんでそんなに……!」


伸ばした指先が震えている。

触れたいのに、触れたら壊れてしまいそうで怖い――そんな迷いが滲んでいた。


ヤヤは二人の顔を見て、かすかに苦笑した。


「……敵は倒したが、思った以上に苦戦した。怪我は大丈夫……大したことない。見た目ほどじゃないから」


だがその言葉は、逆に二人の表情をさらに曇らせるだけだった。


レインは堪えきれなかった。

一歩、二歩……そして駆け寄る勢いのまま、ヤヤの胸元に腕を回す。


「ヤヤ君……っ、ほんとに大丈夫なの……!?

こんなの、大したことないわけないわよ!」


声が震え、涙がヤヤの肩にぽつりと落ちる。


ヤヤは痛みに顔を歪めながらも、レインの背にそっと手を添えた。


「レイン……本当に平気だよ。ちょっとあばらが折れただけだから。動けるし、まだまだ戦える」


「“ちょっと”じゃないでしょ……っ!」


レインの訴えにヤヤが困ったように笑ったその時──。


ユウヒが、静かに俯いた。


レインの泣き声、カイトの険しい沈黙。

その全部に押し潰されるように、小さく息を吐く。


「……ごめん」


全員の視線がユウヒに向いた。


彼女は拳を握りしめ、唇を噛んだまま続ける。


「ヤヤ君の怪我……私のせい。

敵を前にして……怖くて動けなかった。

力も、まともに使えなかった。

ヤヤ君は……私のぶんまで戦って……守ってくれた」


声が震え、まつげの先に透明な雫が揺れる。


そしてユウヒの言葉が終わった瞬間、レインの肩がびくりと揺れた。


「……なんで……」


レインはゆっくりと顔を上げる。

涙に濡れた瞳がユウヒを射抜いた。


次の瞬間――。


パンッ!


乾いた音が公園に響き、ユウヒの頬が横に弾かれた。


「……っ!」


ユウヒは目を見開き、涙を浮かべるレインを呆然と見つめる。


「なんでなのよ……! なんであんたがそばにいて、ヤヤ君ひとりに戦わせてんのよ! その銃は何のためにあるの!? 大切な仲間を守るためでしょ!? 違うの!?」


「レイン、よせって!」


カイトが慌てて制止するが、レインは怒りを収めない。


「カイトは黙ってて!

……ヤヤ君が死んじゃったら……私……私っ!」


その胸の奥にある本音がこぼれ落ちる。

そんな中、ヤヤが苦しい息を整えながら口を開いた。


「……レイン、ユウヒを責めないでくれ。敵は黒蓮幇のトップだったんだ。……ユウヒが昔いた、あの中国マフィアの親玉だ。今はエクリプスの仲間みたいだったがな」


「……っ!」


レインは言葉を失い、カイトが代わりに呟く。


「ってことは……ユウヒ、前の記憶が……?」


ヤヤが頷く。


「思い出しちまったんだ。だから集中が切れて……能力が使えなかった」


カイトは納得したように息をついた。


「そりゃ無理もねぇな。覚醒水晶の異能は、心が揺らいじゃ発動しねぇ」


レインはそっぽを向く。


「……だとしても、私は謝らないから」


「うん……いいよ。私も、言い訳するつもりはない。……未熟だったのは事実だから。」


気まずい沈黙が流れる──そのとき、公園の外からバイクのエンジン音が近づいてきた。

砂利を蹴り上げ、公園内にまで乗り入れてくる。


二人乗りのバイクが砂利を巻き上げて停止すると、最初に降り立った男がヘルメットを外した。


陽光を受けて黒髪が揺れ、長身のシルエットが影を落とす。


その鋭い目が、血まみれのヤヤとユウヒ、そして緊張の色を帯びたカイトとレインを一瞥した。


「……やっぱり、あの煙はコードXIIIだったか」


低く通る声。

茜坂ケイ。

ジャスティスの戦闘部門、コードI――最高戦力の一角にして、ヤヤたちの先輩。


続いて、後ろから降りてきた女が静かにヘルメットを外す。


金髪のポニーテールがさらりと流れ、淡い青の瞳が四人を品よく見渡した。


「お久しぶりです、皆さん。」


柔らかい声だが、どこか冷静で凛とした空気を纏っている。


茜坂シルファ。

ケイの妻にして、同じくコードIのジャスティス最強格。


ケイがバイクを立てながら言った。


「ここで会えて助かった。お前らに話があって来た」


ヤヤが息を整えながら問い返す。


「……何かあったのか」


ケイは頷き、表情を引き締める。


「ここに来る途中で、何人か“エクリプス”の奴らを潰した。そいつらから情報を引き出したんだが……どうやら都内のインフラ施設に、かなりの数が潜伏してるらしい」


「インフラ……!くそっ……俺達を東京から逃がさないってか」


カイトが眉をひそめる。


シルファが補足するように続けた。


「それと……ここにくる途中で会った他のジャスティス隊員からの報告ですが、お台場で先日、不審な動きがあったようです。敵の活動拠点の可能性もあると」


その瞬間、ヤヤとユウヒがわずかに目を見交わした。


ケイは気づいて問いかける。


「……何か知ってるな?」


ヤヤが一歩前へ出て、仲間全員に向けて告げた。


「さっき俺達が戦った奴らから聞いたんだが、エクリプスは今日の16時――国会議事堂、首相官邸、そして警視庁を同時襲撃するつもりだ」


「……!」


レインが息を呑む。


ユウヒも続けるように、硬い声で言う。


「お台場といえばなんだけど、東京湾の海底に爆薬を仕掛けているみたいだよ。大規模な津波を起こして、首都を壊滅させるって……」


シルファの表情が一瞬だけ険しくなった。


「……そこまでの規模を……」


ケイは短く息を吐き、状況をまとめるように言った。


「最悪のシナリオだ……だが、これで敵の狙いははっきりした。」


四人全員の視線がケイへ向く。


「都内のインフラ施設は、実はボスがもうジャスティスの連中を向かわせてる。だからそっちは任せていい。だが――」


ケイの声に力がこもる。


「俺たちが止めるべきは “16時に襲撃される三箇所” と “東京湾の爆弾” だ。

国会議事堂、首相官邸、警視庁……それと海の爆薬。ここが決戦になる。」


シルファが静かに頷く。


「敵の主力が動くのは間違いありません。こちらも急ぐべきです。」


ケイは周囲の状況を一望し、最後にヤヤの表情を確認すると、決断したように口を開いた。


「……よし。方針を決める。」


四人の背筋が自然と伸びる。


「国会議事堂と首相官邸は、俺とシルファが行く。敵の主力が来るなら、そこが本命だろう。

お前らは――警視庁とお台場だ。」


カイトが息を飲む間もなく、ケイはさらに続ける。


「警視庁の最寄りは桜田門だ。あそこにはコードⅨが配置されてるはずだ。合流したら状況を説明してくれ。」


レインが目を瞬かせた。


「コードⅨ……って、マリサ達のところよね?」


ケイは短く頷く。


「ああ。あいつらだけでも警視庁を落とさせやしないだろうが、数は少しでも多いにこしたことはない。そうだな……1人頼めるか?」


カイトが一歩前に出た。


「なら、警視庁には俺が行きます。それからヤヤの方は休ませていいですか?……この怪我なんでレインとユウヒだけでお台場に行かせたいです。」


「お、おいっ……カイト。俺は大丈夫だって!」


カイトの言葉にヤヤは反発する。

それに対してケイはふと笑みを浮かべてシルファの方を向く。


「……シルファ。いつもの頼む。」


「ふふっ……任せて下さい。」


シルファが静かに声を上げた。


「あなた、本当にひどい怪我ですね……」


全員が振り向く。彼女はまっすぐヤヤを見つめていた。

ヤヤは肩をすくめながら目を反らし言葉を返す。


「まあ……でも動けるから大丈夫だ」


「いいえ。大丈夫ではありません。」


シルファは一歩進み、そっと目を閉じた。


次の瞬間――。


キィィン……!


空気そのものが震え、金属が鋭く鳴る。

彼女の両手に青い光が灯り、そこから小ぶりの包丁が二本、音を立てて形成された。


刃は透き通るような蒼。

縁が淡く輝き、空気を切り裂くたびに光の尾が揺れる。


シルファは静かに宣言した。


「――《蒼刃アズールナイフ》」


レインが思わず息を呑む。


「ちょ、ちょっと待っ――シルファ、それヤヤ君に……!?」


しかしシルファは迷いなくヤヤの傷口へ刃を突き立てた。


「……っ!」


ヤヤはわずかに顔をしかめる。

ユウヒが叫び、カイトまで動揺する。


「シ、シルファ!?」


「おい待て!刺してんじゃ――!」


だがケイだけが腕を組んだまま、落ち着いた声で言った。


「心配すんな。これは治療だ」


直後、ヤヤの傷から青い粒子が噴き上がる。


アズールナイフの刃が溶けるように散り、その青光がヤヤの身体へ吸い込まれていった。


シルファが説明する。


「この刃は二つの力を持っています。

ひとつは“破壊”。そしてもうひとつは、“再生”。」


ヤヤの皮膚がみるみる塞がり、骨の軋む痛みが消えていく。


レインが目を丸くする。


「えっ……? 傷が……跡形もなく……!」


ユウヒも信じられないというように両手を口元に当てた。


「こんな能力初めてみた。さすがトップは違うね~」


シルファは淡く微笑んだ。

ケイはバイクにまたがりながら言った。


「これで全員準備は整ったな。カイトは警視庁、ヤヤ、レイン、ユウヒはお台場の方を頼む。」


ヤヤ、ユウヒ、レイン、カイトの四人はそれぞれ頷き合う。


ケイが最後に言い放つ。


「――行くぞ。16時の襲撃、必ず止める」


シルファもバイクの後部に軽やかに乗りながら微笑む。


「どうか、お気をつけて。皆さん」


そして――。


五人は一斉に動き出した。

首都壊滅計画を阻止するための、最後の戦いへ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ