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第57話「刻まれた期限:ブラック・リセット」

ヤヤは震える双子の横で、銃を構えたまま静かに見下ろす。


レンファは荒い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと頭を上げた。


「……僕達の敗けだ……」


低く、しかし確かに敗北を認める声だった。


レンシアはまだ意識を失ったまま、砂上に横たわっている。

レンファの瞳が妹に向かい、かすかに揺れる。

そして、ヤヤをじっと見据えたまま、言葉を選ぶように口を開く。


「……頼む。僕の命はくれてやる……だが、妹だけは見逃してくれないか。」


肩で息を整え、まるで最後の賭けのように、レンファは続ける。


「僕はレンシアと……安全に静かに暮らせる世界を作りたかった……だけだ。」


ヤヤは銃口を下げずに、ただ静かにレンファを見つめた。


「……ひとつ、聞かせろ。さっき言ってた“中国の再建”が夢って、あれは何だ?」


レンファはうつむき、しばらく言葉を探すように沈黙した。

やがて、疲れ切った声でぽつりと呟く。


「……中国を、変えたかったんだ。」


乾いた砂を握るような、弱い声だった。


「貧富の差が……ひどい国なんだ。知ってるだろ?」


ヤヤが頷く中、レンファは話を続ける。


「僕達もそうだった。小さい頃、食べる物にも困るような生活で……親も、未来のことなんて考えられなかった。」


レンシアの頬に触れながら、レンファは淡々と続ける。


「もう壊滅したが黒蓮幇は、もともと中国の内政に反発した、半ば革命組織みたいな集まりだった。

でも力をつけて……いつしかマフィアになった。

暴力でしか変えられないと思ったんだ。支配すれば、格差を解消できるって……本気で、そう信じてた。」


ヤヤは黙って聞いていた。


「……ジャスティスと対立していた理由も一応ある。」


レンファは苦笑に近い表情を見せる。


「君たちは異能を持つ……僕達に真正面から干渉できる存在だ。

だから恐れた。だから排除しようとした……結果が、これだよ。」


ユウヒが小さく息を呑む。


ヤヤは一度だけ、目を閉じた。


深い呼吸。

そして、答えをゆっくりと絞り出す。


「……ユウヒ。」


「なに……ヤヤ君?」


ヤヤはレンファを見据えたまま、はっきりと言った。


「コイツらは殺さない。」


ユウヒの顔色が変わった。


「えっ? だって……この人達、コードIVの仲間を……!」


「……多分だけどさ。」


ヤヤは少しだけ苦い笑みを浮かべる。


「先に仕掛けたの、ウチらだ。コードIVは基本的に気に入らない奴らは片っ端から殺してるって噂もあるしな。だから正当防衛で殺したんだろ?」


ユウヒは言葉を詰まらせる。

レンファは目を閉じ、何も否定しなかった。


ヤヤはゆっくりと銃を下げ、代わりに厳しい声を投げる。


「ただし――条件が3つある。」


レンファの肩がわずかに震える。


「ひとつ目。ユウヒには、もう二度と手を出さないこと。」


ユウヒが息を呑む。

レンファは静かにうなずいた。


「二つ目。ジャスティスから完全に手を引くこと。

表も裏も……どんな形でも、俺達の邪魔はしない。」


レンファはこれにも反論しなかった。


「三つ目。」


ヤヤの声が低く落ちる。


「エクリプスを抜けろ。……そして、あいつらの情報を全部俺達に渡すこと。」


砂を撫でる風の音だけが、場を満たした。


レンファは目を閉じたまま、一度だけ深く息を吸う。


「わかった……条件をのもう。」


ヤヤは視線は鋭いままトワに問う。


「……交渉成立だ。まずエクリプスの他の仲間は、どこにいる?」


短い問い。

レンファは一瞬の沈黙の後、やがて覚悟を決めたかのように口を開く。


「……構成員の半数は都内のインフラ施設付近に配置されている。」


「インフラ?」


レンファはうなずく。


「変電所、通信中継所、水道制御センター……

首都を支える重要施設に、“異能持ち”をそれぞれ配置している。

どれも、ひとつ落とされるだけで都市が麻痺する場所だ。」


ユウヒがポケットから携帯を取り出し、画面を確認した。


「……ヤヤ君、本当みたいだよ。携帯……」


「携帯?」


「うん。もう使えないみたい……」


ユウヒはヤヤに画面を見せた。


「通信中継所はもうのっとられたってことか……」


レンファは静かに頷いた後、続けて言った。


「……通信だけじゃない。交通機関ももう、ほとんど機能を停止している。」


ヤヤが眉をひそめる。


「なんだと?」


「変電所を抑えた“雷撃系”の異能者がいる。

鉄道会社のバックアップ回線ごと落としているはずだ。

もう都内の大動脈は……ほぼ止まっている。」


ユウヒが唇を噛み、空を見上げるように呟いた。


「じゃあ……この街、もう逃げられない……?」


レンファは弱々しく頷いた。


「ああ。逃がすつもりは無いんだ。

エクリプスは――東京そのものを封鎖しようとしている。」


ヤヤは言葉を飲み込み、しばらく沈黙した。


その沈黙を破るように、レンファはさらに続けた。


「そして……もっと深刻なのは、今日の“本命”だ。」


「本命?」


「16時――

エクリプスが国会議事堂、首相官邸、警視庁を同時に襲撃する。

政府中枢と日本の治安機能を、まとめて麻痺させるつもりなんだ。」


ユウヒの顔色が一瞬で変わった。


「三ヶ所同時……!?

そんなの、対処しきれない……!」


「だからやるんだよ。」


レンファの声はやけに静かだった。


「同時攻撃で政治を止め、治安を奪い、都市を混乱に落とす。

そして……それだけじゃ終わらない。

万が一に備えて、東京壊滅のための最後の切り札を用意している。」


ヤヤの背筋が、わずかに強張った。


「……切り札だと? まだ何かあるのか?」


レンファはゆっくりと、壊れた街の方角に視線を向ける。


そして、震える声で言った。


「東京湾の海底に、爆薬を設置している。

ただの爆弾じゃない。異能で圧縮した“誘発型の爆心核”だ。」


ヤヤの表情がわずかに動く。


「……誘発型?」


「爆発そのものは都市に届かない。

だが……海底の地盤が崩れる。」


ユウヒが青ざめた声で呟く。


「まさか……」


レンファは続けた。


「そうだ。

地震を意図的に起こすつもりだ。

震源は東京湾──直下。」


言葉は重く、冷たい。


「地盤が裂ければ、湾全体の海水が一気に動く。

“地震”と“津波”が同時に首都を襲う。」


風の音すら止まったように感じられた。


「インフラ機能が死んだ東京都心……避難経路も通信もない街に、

津波が直撃したら──人は逃げられない。」


ヤヤの指がわずかに震える。

怒りか、恐怖か、それとも覚悟の兆しなのか。


レンファは肩を落とし、最後の言葉を吐いた。


「トワが呼んでいた……

完全首都崩壊計画ザ・ブラック・リセット”。」


ユウヒが絞り出すように叫ぶ。


「そんなの……東京が消えるじゃん……!」


その絶望の響きを切り裂くように、ヤヤは顔を上げた。


「……今15時か。タイムリミットまであと1時間。時間がない。」


その瞬間だった。


ドンッ──!


乾いた破裂音が空の上から響いた。


ヤヤとユウヒ、そしてレンファまでもが思わず空を見上げる。


灰色の空。その一角に、ふわりと黒い煙が渦を巻いていた。


そして煙は、まるで見えない指でなぞられているように形を変え──


“XIII”


巨大なローマ数字が、空に浮かび上がる。


ユウヒの瞳が大きく見開かれる。


「……あれ……カイト君の煙……!」


ヤヤの口元がわずかに釣り上がった。


「……相変わらず無駄に派手な合図しやがって。」


“XIII”──十三。


それはカイトが、仲間にだけ向ける“位置通知の符丁”。


“XIIIはここに集合”


ヤヤとユウヒは同時に走り出す。


「レンファ。レンシアを連れて早く逃げろ。死にたくなければな……」


レンファは弱々しくうなずく。


「……わかった。感謝する。」


ヤヤは短く返事をしてユウヒと共に駆け出した。


その背中が瓦礫の向こうへ消える。



--

そして、ヤヤたちがいなくなった後――


砂混じりの風が、戦いの痕跡を静かに撫でる。


レンファは気を失ったレンシアの体を抱え、静かに目を閉じた。


「……レンシア、君は僕が守ってみせる……。」


その言葉が、まるで宙へ消えた瞬間だった。


カッ──!


空気が弾けたように、白い光が一点に凝縮される。


レンファの本能が叫ぶ。


“──光系統の異能っ?!”


見る間に光球が膨れ、二人へ一直線に落ちてくる。


「くっ……!」


逃げる時間は、なかった。


轟音。

閃光。

砂と瓦礫が爆風で空へ舞い上がる。


爆発の中心にいたレンファとレンシアの姿は、光と砂塵に飲み込まれ、見えなくなった。


ただ、焼け焦げた砂の上に残ったのは、淡く揺れる“光の残滓”。


--

爆煙の中から……足音。


ザッ……ザッ……。


軽やかで、迷いのない足取り。


瓦礫を踏みしめながら、光の爆心地から二つの影が現れた。


一人は無造作にポケットへ突っ込まれた手、黒いパーカーに短く切り揃えられた茶髪が特徴の少年。

もう一人は彼の妹と思われる白いワンピースを着た小柄な少女。


二人とも、ありえないほど平然としている。


少年は無表情のまま、焼けた地面を見下ろした。

そして、静かに言った。


「敗者には死を。」


その声は冷たく、深く、優しさをどこにも残していない。


死んだはずのヤヤの親友、遊佐アキト。

その隣で、微笑む少女、遊佐カオリ。


二人は、太陽の光に照らされながらゆっくりと前へ歩き出した。


まるで“処刑人”のように。


アキトの視線は、瓦礫へ向けられたままだ。


「トワ様の命令は絶対……

裏切り者は……全て消す。」


まるで世界が息を止めたような静けさの中、アキトはカオリに話しかける。


「カオリ。お台場に向かうよ。レンファがあのジャスティスの二人にペラペラと計画を口にしていたようだからね。奴らは必ず切り札の爆心核を止めに来る……」


「うん。計画の邪魔になりそうな存在は殺さなきゃね。行こ。」


カオリは腕時計を見る。

画面には時間が表示される。


15:07


残り 53分。


そして──


《ザ・ブラック・リセット》

────起動まで、あとわずか。

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