第51話「開戦のスモーク」
ここは秋葉原の電気街。
静まり返った空間の中で、ひとつの携帯端末が低く震えた。
路上には夥しい数の死体が転がっていた。
血の匂いが湿った風に混じり、赤黒い水溜まりが街灯の光を鈍く映す。
キョウはその中を黙って歩き、足元の肉片を踏み越えると、ポケットから携帯を取り出した
画面に映るのは、ニュース速報。
《浅草・秋葉原・新宿で同時爆発的事象。多数の死傷者――原因不明の光》
しばらくの間、彼は何も言わなかった。
ただ、画面の奥の惨状を見つめ、唇の端を僅かに噛む。
「……やってくれたな、エクリプス。」
その声は穏やかだが“怒りの炎”が宿っていた。
「襲撃が早すぎる……予定よりずっとだ。情報班は掴めなかったのか……」
キョウは額に手を当て、深く息を吐く。
「……頼む。ヤヤ、カイト、レイン、ユウヒ。全チームが都内に集まるまで――耐えてくれ。」
携帯を握りしめたまま、キョウの瞳がわずかに震えた。
――彼らはまだ知らない。
この日、東京という街が“地獄の入口”に変わることを。
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浅草。
地獄だった。
泣き叫ぶ声、助けを求める声、瓦礫の音。
さっきまで笑い声で満ちていた街が、今や死の匂いで覆われている。
ヤヤたちは瓦礫の陰で息を潜めながら、周囲を見渡し呟く。
「……俺たち、生きてる……?」
レインは自分の腕を見つめる。
どこにも傷がない。皮膚も、呼吸も、正常。
「嘘……なんで私たちだけ……あの光の雨に触れたはず……よね」
ユウヒは周囲の焼け焦げた地面を見つめ黙ったままだ。
そしてその地面にはそこには、さっきまで隣にいた観光客の残骸が散らばっている。
ヤヤが歯を食いしばる。
「……これは、選別か。」
「たぶんな。」
カイトが重く呟いた。
「覚醒水晶の力を持つ者――つまり、“異能の因子”を持った人間には効かないのかもしれない。」
「そんな……つまり、効かないとわかっていて私たちだけを“残した”ってこと……?」
レインの声が震える。
カイトは頷かず、ただ空を睨んだ。
「……俺達ジャスティスへの見せしめだろうな。そして多分これは序章に過ぎない。」
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その時。
ドオォォォン――!!
轟音が街全体を揺らした。
次の瞬間、スカイツリーの上部が火柱に包まれ、崩れ落ちていくのが見えた。
「ねぇ!スカイツリーが……!」
ユウヒが叫ぶ。
「まさか……爆破!?」
瓦礫が降り注ぎ、空気が一気に灼熱に変わる。
人々が再び逃げ惑い、浅草の空を黒煙が覆った。
レインが息を呑み、ヤヤが拳を握る。
その中で、カイトは何かに気づいたのか三人に伝える。
「きたな……敵だ。それもかなり近い。俺が路上に捨てたタバコに踏みやがった。あのタバコは異能を感知する!」
「!!」
ヤヤ、ユウヒ、レイン――三人の視線が彼に向かう。カイトは決心した様子で三人に話しかける。
「ヤヤ!ユウヒ!レイン!リーダー命令だ!俺はここに残る。近くにいやがる敵を倒す。お前たちはスカイツリー方面に向かえ!」
「えっ……!本気なのカイト?!」
レインが心配する中、カイトは何か昔のことを思い出したかのように答える。
「大丈夫だ。敵は……多分1人だ」
「何でわかるんだよ、そんなこと」
「ヤヤ……俺の知り合いみたいなんだ。そいつは群れるのを嫌う。大丈夫だ。後で俺も向かう!」
カイトは煙と悲鳴が渦巻く浅草の空を一度だけ見上げると、振り返ってヤヤたちを鋭く見据えた。
「いいから行け。気にすんな。俺のことはいい。お前らはスカイツリーだ。必ず何かが“待ってる”。」
レインが息を呑む。
「信じていいのね?」
「ああ。ひとりで十分だ。」
短く、しかし確かな決意を込めて言い切る。
レインが唇を噛みしめる。
「……わかったわ。でも、絶対に死なないで。」
ユウヒもレインの言葉に続く。
「あとで……絶対合流しよ? 死んだら怒るからね」
カイトは三人を順番に見つめ、ふっと口角を上げた。
「もちろんだ。必ず行く。……お前らも死ぬなよ。」
ヤヤが力強く頷く。
「任せろ。行こう、ユウヒ、レイン!」
三人は瓦礫を踏み越え、黒煙の向こう、崩壊しつつあるスカイツリー方面へと駆けていった。
背中が見えなくなるまでカイトは目を離さず――やがて、静かに息を吐いた。
浅草を覆う喧騒とは別世界のように、彼の周囲だけが不自然なほど静まり返る。
カイトはポケットから新しいタバコを取り出し、火は点けず指先で弄んだ。
「……行ったな。」
そして、低く呟く。
「――で? そこに隠れてる奴。もう出てきてもいいんじゃねぇか?」
ゆらり、と影が動く。
瓦礫の陰から、長身の男が姿を現した。
黒いスーツに無傷の革靴。
無機質な光を反射する眼鏡。
淡々と、埃ひとつ被らず、その男は立っていた。
カイトは目を細め、過去の記憶を掘り起こすように言う。
「……学生の時以来だな。灰崎……」
灰崎は眼鏡の位置を人差し指で整え、微笑とも無表情ともつかない顔で言った。
「久しいな、カイト。」
瓦礫と死の街で、二人の“旧友”が対峙した。
――戦いの幕が、静かに上がる。




